夕暮れ時は嫌いだ。
なんだか心もとない気持ちになるから。
けれど、今日は…―。
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ジョシュア『最高のレディにしてあげる』
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(不思議だ)
〇〇との約束を思い出すと、夕日が暖かな色に見えてくる。
(約束するよ)
(誰もが振り向くようなレディにしよう)
(まずは……)
オレの視線の先では、大勢の針子が忙しそうにドレスを縫っている。
仕立屋「なんとか夕食後までにご用意できそうです」
ジョシュア「そうか。礼を言おう」
かねてから彼女のために注文していたドレスの仕上がりを急がせている。
仕立屋「して、このような素晴らしいお品をどのような方に贈られるのです?」
ジョシュア「そうだな……可憐で、瞳が美しく……」
そこまで言って、彼女の数々の失敗を思い出した。
ジョシュア「……放っておくと何をしでかすかわからない。そんな女性だ」
(だから、いつも見ててやらないと)
心の中で、決して不快からではないため息を吐く。
目の前で針子が縫っているドレスの生地をそっと指でなぞった。
ジョシュア「ああ、この布は彼女の白い肌に映えそうだ」
(食べ物をこぼして、すぐに汚しそうだが)
ジョシュア「このレースも美しいね。でも、ひっかけて転びそうだから裾にはつけないでくれ」
(本当にドジだからな……)
彼女の失敗を想像すると、小さく笑みがこぼれた。
仕立屋「承知しました……愛しい人が身にまとう服を贈るのは、何にも勝る喜びでございましょうな」
ジョシュア「え?」
(……愛しい?)
ジョシュア「仕立屋、オレは…―」
仕立屋「愛おしくてたまらないというお顔をしていらしたもので。 ああ、年を取るといけませんな。余計なことを申しました。作業に戻ります」
仕立屋は不可解なことを言い捨てて作業に戻っていく。
ジョシュア「……」
(愛しい人? 何を言っているんだ……?)
その言葉は、胸の真中に小さく波紋を落とした。
…
……
夕食後…―。
〇〇の部屋を訪れ、クローゼットを開ける。
(さすがだ)
そこには、仕立て上がったばかりの色とりどりのドレスが並んでいた。
(きっと、似合うだろう)
一通りドレスを確認してから、彼女がもともと持参してきた服に目を向ける。
ジョシュア「……。 これは、レディにふさわしいとは言えない」
(裾が短すぎる)
ジョシュア「これも……」
(襟ぐりが深すぎるだろう)
次々と彼女の洋服をクローゼットから出していく。
ジョシュア「そうだな……今着ている服も、適当なものに着替えて。 ああ、メイドに着替えを手伝ってもらうといい。オレはしばらく出てるから」
〇〇「……はい」
(気に入るか……いや、気に入るに決まっている)
(どれを選ぶだろう)
自分でも不思議なことに、彼女のドレス姿を思うと胸が弾んだ。
〇〇「ジョシュアさん、あの……着替えました」
ジョシュア「!」
ドア越しに彼女の声がする。
一つ大きく息を吸って、部屋へ戻った。
ジョシュア「……!」
(お、落ち着け……彼女には、わかっていないんだ)
彼女の姿を見て、息が止まるかと思った。
なぜなら、彼女は…―。
ジョシュア「……ペナルティ一つかな」
オレは、努めて冷たい声を出す。
〇〇「え?」
ジョシュア「レディであるなら、そんな姿を男性に見せてはいけない」
〇〇「そんな姿……?」
ジョシュア「それ、ネグリジェだよ」
(わかってるのか……自分がどんなふうに見えているか)
視線を彼女の瞳に固定しながらも、美しい首筋や柔らかな布越しの細い腰に瞳が吸い込まれる。
〇〇「え……っ!?」
ジョシュア「君のもといた世界では、寝る時にそういうのは着ないのかな。 ネグリジェは、言うなれば素肌同然」
それ以上彼女の姿を見ていることができなくなって、クローゼットに視線を戻す。
できるだけ分厚く見える上着を取り出し、彼女の肩にかけた。
ジョシュア「次に同じことしたら……変な気を起こされても、文句は言えないからね」
その肩を抱き寄せそうになって……どうにか思いとどまる。
(今だって、オレが紳士であることに感謝しろ)
ジョシュア「そうだ。言い忘れてたけど……次からペナルティ取ったらお仕置きだから」
込み上げる思いを押し込めていると、意地悪が口をつく。
〇〇「えっ?」
ジョシュア「両手の甲を鞭で叩かれる」
(……それくらいで済むといいな)
〇〇「……っ」
ジョシュア「この国では、昔からそうやって躾けるんだよ。 ああ、そうだ。明日のアフタヌーンティーはオレの乳兄弟も同席させるから」
(そうだ。だから、いいか? そんな格好をアイツに見せるんじゃない)
上着越しに彼女を見つめる。
拳をぎゅっと握りしめた。
…
……
そうして、部屋を後にしたけれど…―。
(やっぱり、もっとちゃんと教育しないと)
(〇〇は、無防備すぎる)
(厳しく教えて、誰の前でも隙なんて見せないようにしないと)
(あんな姿……他の奴に見られたら…―)
ジョシュア「……っ!」
そこまで考えて、オレはハッと我に返る。
(ばかばかしい! そうしたらなんだっていうんだ!?)
(オレはただ、約束を守るだけだ)
(約束通り、〇〇を、完璧なレディーにする)
そう心に決めて、思いを振り切るように歩き出したけれど……
――愛しい人。
仕立屋が言ったあの言葉が、何度も耳にこだまする。
星々が囁き合うように空の彼方で輝いていた…―。
おわり。