〇〇を自室でのお茶会に招いた後のこと…―。
(なんで、こんなことに……)
出かかった大きなため息を静かに飲み込んだ。
なぜなら……
〇〇「ん……」
〇〇が、オレの肩に頭をもたせかけて眠り込んでいる。
(どうしろって言うんだ……)
そっと左を見ると、彼女の安らかな寝顔が目に入った。
すべらかな頬、すこし開いた唇、細い首筋…―。
(なんで、こんなことに……)
今度こそ大きくため息を吐いた。
手を伸ばしかけて……その手を、どうにか自分の膝に戻す。
(これ、何かの拷問?)
しばらく動くこともできずそうしていてから、そっと彼女を抱き上げた。
…
……
〇〇の部屋へ着くと、できるだけそっと彼女をベッドに降ろす。
〇〇「ん……」
布団を鼻の上まで引き上げても、彼女が起きる気配はなかった。
(疲れていたんだな)
(レッスンのスケジュール、かなり無理をさせてしまったから)
そうして部屋を後にしかけた時……
〇〇「はい……もういちど…おねがいします……」
彼女の声がして、ベッドの方を振り向く。
〇〇「がんばり……ます」
(寝言か……)
口元を引き結んでも、笑みがこぼれてしまう。
ジョシュア「よく頑張ったな」
彼女の柔らかな髪をそっと撫でる。
すると彼女は微笑んで…―。
(……このくらいは、許されるはずだ)
オレはゆっくりと彼女のまぶたにキスを落とす。
ジョシュア「……」
気づくことなく眠り続ける彼女を見つめた。
ジョシュア「まあ、いい」
(今日のところは)
メイド「も、申し訳ありません……!」
入ってきたメイドが、オレ達を見て引き返そうとする。
ジョシュア「下がらなくていい。それより、頼まれてくれないか。 彼女が目覚めたら、君がベッドまで運んだと言ってくれ」
そう言って、部屋を後にする。
柄にもなくドキドキと高鳴る胸にそっと手をあてた…―。
…
……
翌朝…―。
〇〇をパーティ会場までエスコートしようと、オレは彼女を迎えに向かった。
貴婦人1「あら、〇〇様」
〇〇の名前が耳に飛び込んできて、廊下の先を見る。
貴婦人2「本日のお振る舞い、楽しみにしております」
先日〇〇を取り囲んでいた女達の向こうに、彼女の姿があった。
(……なんだ、あの無礼なもの言いは)
貴婦人3「ジョシュア様のお名前を汚すようなことが、ないといいんですけど」
ジョシュア「……」
(これだから、着飾ってプライドばかり高い良家の娘は嫌いだ)
(美しいドレスをまとっていても、少しも美しいと思えない)
〇〇が、言い返しもせずに顔を伏せる。
(それに引き換え、彼女は……)
女達の視線に、ただじっと耐える彼女を見つめる。
その姿は、一輪の花のように清らかだ…―。
(……〇〇、胸を張れ)
(君がオレの名を汚すことなど、あり得ない)
〇〇に歩み寄り、後ろから抱き寄せる。
〇〇「あ……」
強いて微笑んで見せると、彼女を取り囲んでいた女達の頬が染まる。
ジョシュア「レディのなさることとも思えませんね」
〇〇「ジョシュアさん……」
貴婦人1「ジョシュア様……っ!」
ジョシュア「マナーというのは、相手を思いやる心が基本なのではないですか?」
女達の頬が、サッと青ざめた。
ジョシュア「〇〇のことは、ご心配なく」
(心配するのは、オレだけでいい)
ジョシュア「心映えはあなた方に比ぶべくもありませんし。 何もかも、手取り足取りお教えしましたから。 この私が」
〇〇の首筋をそっと指でなぞる。
彼女が恥じらいに震えるのを感じた。
貴婦人1「……っ」
目に涙を溜めて、女達がその場を去っていく。
〇〇「……ありがとうございました」
抱きしめている手のひらから、彼女の鼓動が伝わってくる。
そっと腕を解くと、ようやく自分の鼓動も速いことに気がついた。
ジョシュア「言い返さなかったのは、大変結構だけど。 また、そんな自信なさそうな顔してる」
(大丈夫、君はよくやっていた)
〇〇「……すみません」
(叱りすぎた? 自信がないのは、そのせいなのかな)
(それなら……最後の仕上げをしようか)
ジョシュア「じゃあ、最後のレッスン」
そう言って、オレはおもむろに彼女の足下に跪く。
〇〇「あの、ジョシュアさん……?」
(よく聞くんだ)
(一度だけ、本心を言うから……)
彼女の瞳を見つめ、その手にそっと触れる。
ジョシュア「……お美しい。誰もが洗練された貴女に心奪われるでしょう」
〇〇「え……?」
ジョシュア「トロイメア王族であっても、そうでなくとも。 君の隣にいることを、誇りに思うよ」
(……これが、オレの本心)
(忘れるなよ。二度と言わないから)
彼女が嬉しそうに頬を染める。
間もなくパーティが始まろうとしていた…―。
おわり。