そうして迎えた建国際当日。
(がんばろう)
私は、約束よりも早く部屋を出て、ジョシュアさんのお迎えを待っていた。
貴婦人1「あら、○○様」
待っていたかのように、昨日のお姫様達が私をぐるりと取り囲む。
貴婦人2「本日のお振る舞い、楽しみにしております」
貴婦人3「ジョシュア様のお名前を汚すようなことが、ないといいんですけど」
○○「……」
挑むような目つきに、ひるんでしまいそうになる。
すると……
○○「あ……」
優しくしなやかな腕に、後ろから抱きしめられた。
ジョシュア「レディのなさることとも思えませんね」
○○「ジョシュアさん……」
貴婦人1「ジョシュア様……っ!」
ジョシュアさんは、にっこりと微笑んだようだった。
彼女たちの頬が紅く染まっていく。
ジョシュア「マナーというのは、相手を思いやる心が基本なのではないですか? ○○のことは、ご心配なく。 心映えはあなた方に比ぶるべくもありませんし。 何もかも、手取り足取りお教えしましたから」
そっと私の首筋をなぞりながら、ジョシュアさんは続ける。
ジョシュア「この私が」
貴婦人1「……っ」
お姫様達は、そそくさとその場を去っていった。
ひとつ大きくため息を吐いてから、ジョシュアさんは私を抱く手をほどいた。
○○「……ありがとうございました」
ほてる首筋をおさえて、何とかお礼を言う。
ジョシュア「言い返さなかったのは、大変結構だけど。 また、そんな自信なさそうな顔してる」
○○「……すみません」
ジョシュア「じゃあ、最後のレッスン」
そう言って私の瞳をじっと見つめると、ジョシュアさんはその場に跪いた。
○○「あの、ジョシュアさん……?」
ジョシュア「……お美しい。誰もが洗練された貴女に心奪われるでしょう」
○○「え……?」
彼の慈しむような優しい声に、私の鼓動が大きく揺れる。
ジョシュア「トロイメア王族であっても、そうでなくとも」
ジョシュアさんは、真っ直ぐに私を見つめて……
ジョシュア「君の隣にいることを、誇りに思うよ」
―――――
ジョシュア『それに……君が誇り高く威厳を保てば、人々に誇りを与えることができるんだ』
―――――
そっと手の甲に唇が落とされる。
その唇とジョシュアさんの言葉の温かさが胸に染み入っていった。
扉番「トロイメア王家○○様、ならびにジョシュア王子のご入場」
一週間前の歓迎パーティーと同じように、私は会場に足を踏み入れる。
(大丈夫)
(ジョシュアさんが教えてくれたから)
ジョシュアさんに教えてもらった通りに、胸を張り優雅に微笑む。
紳士「おい、○○姫って、あんな風だったか?」
淑女「一週間前とは別人のようですわね。なんだか、洗練されたというか」
人々のざわめきが耳に入る。
ジョシュア「……どんな気分?」
耳元でささやきかけられて、微笑みをますます深くした。
○○「本当のお姫様になったみたいです」
ジョシュア「はじめから、そのはずだけど」
ジョシュアさんが、呆れたように笑う。
けれどその眼差しはとても優しくて…-。
○○「ジョシュアさんのおかげです。ありがとうございます。 ジョシュアさんがいなかったら、私……」
ジョシュア「じゃあ、オレを選んで。 ずっと隣にいなよ」
○○「え……?」
思わず聞き直すと、ジョシュアさんは、優雅に微笑んだ。
ジョシュア「……ダンスの時間だ」
音楽がはじまり、私は先ほどの言葉の意味を尋ねることができなくなってしまう。
ジョシュア「お手をどうぞ……○○姫」
教えられた通りに、差し出された手をそっと握る。
すると腰元を抱き寄せられて……
耳元に息がふれるほど側に、彼の唇を感じた。
ジョシュア「言っておくけど、さっきのは尋ねた訳じゃない」
○○「さっきの……?」
胸の音がきかれないように、私は何とか言葉を紡ぐ。
ジョシュア「ずっと隣に」
頬に、優しくキスが落とされる……
○○「……!」
ジョシュア「口答えは、許さないから。 お返事は?」
パーティーホールに響く音楽も聞こえないほどに、私の胸が高鳴っていく。
いつもの冷たく厳しいその口調は、私の胸をこの上なく温かいもので満たした。
○○「……はい……」
ダンスホールに響く音楽が、とても遠くから聞こえてくるような気がする。
曲が終わり、柱の影に差しかかった刹那…-。
○○「……っ」
彼は、私の胸元に唇を落とした。
驚いて手で拒もうとすると、手首が掴まれ、やすやすと押さえつけられてしまう。
ジョシュア「……これでよし、と」
見下ろすと、ドレスのリボンで隠れるか隠れないかの位置に、赤い跡がついている。
(これって……)
ジョシュア「印、つけといたから。見えないように、おしとやかにね」
ジョシュアさんの瞳が、イタズラっぽく輝いた。
新しくはじまったワルツの調べとともに、彼は私の側を離れ、隣の女性の前でお辞儀をする。
彼が口づけた胸元が熱を持ち、息をするたびに切なく痛む。
(踊れないよ……)
次に踊る男性の手を取りながら……
私の瞳は、ジョシュアさんを追いかけてばかりいた…-。
おわり。