ジョシュア『君は、こことは違う世界にいたって言ってたけど、あっちの世界では何も習わなかったの? テーブルマナーも、立ち振る舞いも、まるで街娘みたいだ』
夕陽が、雲をオレンジ色に染めている。
(戻らなきゃいけないのに)
レッスン会場を逃げるように出てしまった私は、ベンチに腰掛け物思いにふけっていた。
(お姫様、か……)
顔を上げると、目の前にはいつの間にかジョシュアさんが立っている。
○○「ジョシュアさん……」
ジョシュア「……はい」
ジョシュアさんは、私に紅茶のカップを差し出す。
彼の足下には、紅茶のポットが入ったバスケットが置かれていた。
ジョシュア「言ってたよね? オレがいれた紅茶が飲みたいって」
―――――
○○『ジョシュアさんがいれた紅茶を飲んでみたいです』
―――――
○○「来た日のこと、覚えててくれたんですか?」
ジョシュア「そんなに記憶力が悪いと思われてたの? 心外だな」
あわてて首を横にふる。
ジョシュア「レディはそんな風に勢い良く首を振らない」
○○「す、すみません!」
私はそっとカップに口をつけた。
○○「おいしい……!」
とても優しく甘やかな香りが口の中に広がる。
思わず頬をゆるめると、ジョシュアさんが私の隣に腰掛けた。
ジョシュア「……オレ、言い過ぎたかな」
そう言って、少しばつが悪そうに長いまつ毛を伏せる。
○○「いえ。私がマナーを知らないのは事実ですし。 教えてくださって、ありがとうございます」
少し困ったように笑って、ジョシュアさんがポツリとつぶやく。
ジョシュア「……聞かせてよ、君が育った、マナーを習わない世界のこと」
○○「え?」
ジョシュア「どんな世界だったの?」
(もしかして、気を遣ってくれてるのかな?)
○○「……そうですね。紅茶は、あちらにもありました。 紅茶を出してくれるお店は、町中にありました」
ジョシュア「ふーん……それは感心だね」
○○「ティーバッグっていって、紅茶を簡単に楽しむためのものもありました」
ジョシュア「簡単に? それはまた情緒のないことだ」
○○「王様とかは少しはいるけど、遠い存在の人で。 私が育った国では、身分制度もありませんでした」
ジョシュア「へえ……」
○○「だから、私は本当にジョシュアさんの言う“街娘”として育ったんですよ」
ジョシュア「……そうか」
優しく微笑むジョシュアさんの横顔に、オレンジ色の夕陽が当たっている。
ジョシュア「……悪かった。 オレは、生まれた時から王族として育った。 小さい頃に、失礼をして隣国の王妃を怒らせてしまったことがあって……。 おかげで父は……謝罪のため、ずいぶんと多くの富を失った。 まあ、そんなこともあって、立場があるのにマナーがなってない人間を見ると……つい」
(そうだったんだ……)
ジョシュア「立場には、責任が伴う」
ジョシュアさんが、すっと立ち上がる。
夕日に照らされた彼の瞳が、情熱的な色を帯びているように見えた。
ジョシュア「この世界では、君は立場がある人だ。マナーは君を守ってくれる。 それに……君が誇り高く威厳を保てれば、人々に誇りを与えることができるんだ」
○○「私が、マナーを身につけることで……」
(そんな風に考えたことなかった)
ジョシュア「洗練され、威厳のある王族を上に持つことは、国民の誇りになる」
穏やかで決意に満ちた横顔はとても凛としていて……
私はジョシュアさんに見惚れてしまっていた。
手にした紅茶のカップがとても暖かかった…-。