翌日…-。
空は美しく晴れ上がり、風はかすかに紅茶の香りを運ぶ。
昨日と変わらず美しい世界に、今日はジョシュアさんの厳しい声が響いていた。
ジョシュア「姿勢が悪い」
私は、広大なパーティーホールにぽつんと一席しつらえられた席に腰掛けている。
テーブルマナーの授業が始まったのは、昼下がりのことだった。
ジョシュア「まずはナプキン」
私の後ろで、ジョシュアさんがコツコツと歩く音が聞こえる。
振り返ろうとすると、ジョシュアさんが手にしている細い棒のようなもので顎先を前に戻されてしまう。
ジョシュア「君は主賓なんだから、君が広げないと誰もナプキンを広げられない」
○○「え……」
(そ、そんなルールがあったなんて。昨日は、ずいぶんお待たせしてしまったのかな)
ジョシュア「昨日、君が膝にナプキンを広げたのは、前菜が運ばれてしばらくしてから。 あれだけの人数を待たせて、さすがトロイメアのお姫様は違うね」
○○「ご、ごめんなさい」
ジョシュア「……次に食べ方だけど。 フォークやナイフは、基本的に外側のものから使う。これは昨日覚えたよね?」
○○「はい」
ジョシュア「じゃあ、その前菜を食べてみて」
私の目の前には、ジュレを添えたお野菜のお皿が置かれている。
おそるおそるナイフとフォークを手に取り食べ始めると、すぐに細い棒が私の額を押しもどした。
ジョシュア「口が食べ物を迎えにいってる」
ジョシュアさんは突然に後ろから私の両手を掴む。
○○「え……っ」
驚いて振り返ると、すぐに冷たい眼差しに前を向くように促された。
ジョシュア「頭を動かすなよ」
耳元で言われ、ジョシュアさんの両手が私の手を使いナイフとフォークを動かしていく。
(せっかく教えてくれているから、集中しなきゃいけないのに)
(緊張してしまう……)
私の胸がドキドキと音を立てる。
ジョシュアさんの綺麗な手が私の左手に重ねられ、野菜を口に運び、唇にそれを差し込んだ。
ジョシュア「わかった? 頭を動かさず、手で口元まで料理を運ぶ」
○○「は、はいっ!」
ジョシュア「じゃあ、自分でやってみて」
ジョシュアさんが私の手を離すと、動揺のあまり、ナイフを床に落としてしまった。
ジョシュア「……話にならない。 君は、こことは違う世界にいたって言ってたけど、あっちの世界では何も習わなかったの?」
(あっちの、世界……)
ジョシュア「テーブルマナーも、立ち振る舞いも、まるで街娘みたいだ」
(それは私が、普通の女の子だったから)
不甲斐なさと懐かしい気持ちがこみ上げて、目頭が熱くなる。
○○「テーブルマナーは、習っていません」
ジョシュア「そうだろうね」
ジョシュアさんがため息交じりに、呆れた声を出した。
○○「私、ご迷惑ばかりかけて…-」
いたたまれない気持ちでいっぱいで胸が苦しい。
ジョシュア「……」
すると、ジョシュアさんがかすかに困惑したような顔をした。
○○「あ、いけない。ちょっと目にゴミが入ってしまったみたいです。 洗ってきますね」
私はあわてて部屋を後にした…-。
…
ジョシュア「変な奴。 あんなこと言われて……怒るなり何なりすればいいのに。 あんな姫もいるんだね」
…