子猫が、首につけた鈴を鳴らして走っている音がする…―。
火事から数日が経ち、子猫もすっかり城の皆さんに可愛がられるようになっていた。
(国王様には、内緒だけど……)
城の皆さんも、サイさんのお願いで国王様の目から子猫を隠すよう、協力してくれているのだった。
(でも、火事の日から、サイさんに避けられている気がする)
傷の手当ても医師の手に移り、様子を知ることができない。
(サイさん、夕飯も食べにこなかったし……大丈夫かな?)
私は、サイさんの部屋へ夕食を持っていくことにした。
城の料理人に綺麗に取り分けてもらった夕食を手に、サイさんの部屋をノックするけれど…―。
中から返事が返ってこない。
○○「サイさん? 夕食を持ってきました……」
呼びかけても、返事はない。
(お部屋にいるはずなのに。やっぱり、私、避けられてるのかな)
○○「……サイさん、また来ますね」
静かに声をかけて、その場を立ち去ろうとしたその時…―。
サイ「……助けて」
(今、何か聞こえたような……)
ドアに耳をあて、呼びかける。
○○「……サイさん?」
サイ「……○○、助けて」
○○「サイさん!」
慌ててドアを開けると…―。
(……!)
サイさんの部屋で、猫が何匹も楽しそうに跳びまわっていた。
その光景に、しばし瞳を瞬かせる。
(連れてきたのは、一匹だったよね……?)
事情がうまく呑み込めない……。
サイ「この子が、友達を作ってたみたいでさ……。 これじゃ、外にも出られないよ」
サイさんが面倒を見てくれていた子猫が、外で友達を作ってはここに連れてきているらしい。
(困っているサイさんには申し訳ないけど)
○○「……ふふっ」
思わず笑みがこぼれてしまう。
(なんだか、可愛い……)
サイ「笑い事じゃないよ……」
猫にまみれるサイさんが、心底困ったようにため息を吐いた。
○○「火傷、どうですか? 痛くないですか?」
サイ「もう全く痛くないよ」
サイさんは火傷した腕を見せてくれた。
傷はすっかり良くなっている。
○○「良かった……」
サイ「心配かけてごめん」
私は、首を大きく横に振る。
○○「サイさん……私、助けてもらったお礼がしたくて」
サイ「礼なんて……。 僕は、○○を危険な目に逢わせた自分が許せないんだ。 ちゃんと、僕が一緒に小屋に行っていれば…―」
(……え?)
○○「……サイさん?」
サイさんは無意識に言っていたようで、自分の言葉にはっとした顔をする。
(そんな風に自分を責めてたから……私の事を避けてたの?)
○○「違います! 私が勝手に、何の考えも無しに小屋へ入って……。 サイさんに火傷までさせてしまった……。 謝らなきゃいけないのは、私です」
サイ「……」
○○「何か、お礼をさせてください」
自分の浅はかさでサイさんを傷つけた上に、思いつめさせてしまって……
いたたまれない気持ちがこみ上げて、必死で彼にお願いする。
サイ「礼なんて……本当に何もいらないよ」
○○「じゃ、何かして欲しいことはないですか?」
サイ「……して欲しいこと?」
(サイさんのために、何かしたい……)
○○「何かありませんか? なんでも言ってください」
サイ「……」
サイさんは、しばらく瞳を閉じて考え込んでいたけれど…―。
サイ「じゃあ……触れて」
○○「え?」
思いもよらなかった言葉に、思わずサイさんの瞳をじっと覗き込んでしまう。
(触れるって……?)
すると…―。
サイさんは、戸惑う私の手をとって、ベッドに座らせた。
サイ「何でもいいんでしょ……?」
○○「……」
私は、サイさんの手におずおずと自分の手を触れさせた。
サイ「……足りない」
(サイ、さん……?)
いつもとは違う彼の様子に、私の鼓動が早くなっていく。
サイさんは、触れている私の手の指に、自分の指を絡めさせる。
サイ「……」
そして、絡め取られた私の手がそのまま、サイさんの頬に導かれた。
サイ「あったかい……。 近くで触れるって、心地良いね」
サイさんの柔らかい声が、耳に広がっていく。
サイ「火事の時、○○が心配で生きた心地がしなかった。 君はお節介で無鉄砲だから……近くで見てないと、本当に不安」
頬にある私の手に、サイさんがそっとキスをする。
○○「……っ」
サイ「今度は、もっとちゃんと守るから……」
サイさんはそう言うと、私のまぶたに優しいキスを落とす。
○○「……っ!」
頬が熱をもっていく。
彼は私の髪に唇を落とし、今度は唇と唇を重ねようとした瞬間……
子猫「にゃー」
助けた子猫が、私とサイさんの間に飛び込んできた。
サイ「……空気、読んでほしいなあ」
緊張で動かなかった体が、ふっと軽くなる。
○○「ふふっ……のけ者にされた気持ちになったのかな」
サイ「……まったく」
○○「よしよし、ごめんね」
子猫を抱き上げようと、視線を落そうとしたとき……
ふいに顎が持ち上げられ、唇に柔らかい感触が触れた。
○○「……っ!」
サイ「続きは、二人きりのときに……ね?」
サイさんは悪戯な笑みを浮かべると、私の髪を優しく撫でた。
彼の瞳の蒼い輝きに吸い込まれてしまいそうで……
私は息をすることさえ、忘れていたのだった…―。
おわり。