頬を風に撫でられて、そっと目を開ける。
(あ、私……)
二人を起こさないように、傍に座ったつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。
サイ「……起きた?」
優しい声がかけられる。
○○「……!」
気がつくと私は、サイさんの膝の上に頭を預けていた。
彼の右手が、私の肩をあたためるように優しく置かれている。
○○「ごめんなさいっ! 私……!」
慌てて起き上がると……
サイ「……気持ち良さそうに寝てたから」
サイさんも、少し照れた様子で視線を私から逸らした。
サイ「……」
○○「……」
沈黙が訪れている間も、私の胸は大きな音を立てていた。
サイ「そういえば、子猫がいないんだ」
サイさんが、口を開いた。
○○「えっ……」
サイ「僕が目を覚ましたときには、もういなくて……。 そのうち帰ってくるかなと思ってたんだけど、まだ戻って来ない」
○○「まだ、怪我が治ってないのに、どこに行っちゃったんだろう」
サイ「……外を探してみよう」
○○「はい」
サイさんと一緒に子猫を探すけれど、どこにも子猫は見当たらない。
(どこにいっちゃったんだろう)
森を抜け、近くにある洞窟の中にまで足を踏み入れた時…-。
○○「サイさんっ! あそこ……!」
洞窟に流れる川の中の、出っ張った岩の上に子猫が取り残されていた。
川の流れは、今にも子猫のいる場所を飲みこんでしまいそうなほどに速い。
○○「どうしてあんなところへ……早く助けないと!」
慌てて川の中へ入ろうとした瞬間……
サイ「待って!」
サイさんに、腕を強く掴まれる。
○○「でも、早くしないと!」
サイ「危ないから駄目だ!」
○○「大丈夫です! 早く…-」
サイ「いいから僕に任せて、ここで待ってて!」
サイさんは私の腕を離し、ためらうことなく川の中へと入って行った。
深さは彼の腰が浸かる程度だったけれど、流れの速さに何度も体制を崩しそうになる。
(サイさん……!)
なんとか子猫の元に辿りつき、優しく抱き抱えると、こちらへ戻ってきた。
○○「よかった……! ありがとうございます」
サイ「……」
彼の青い瞳が、じっと私を映し出している。
○○「サイさん……大丈夫ですか?」
何も言わない彼を、心配してそう尋ねると…-。
サイ「君は、本当に無鉄砲だね」
○○「え…-」
呆れたような、困ったような声色でサイさんがつぶやいた。
サイ「……」
彼の濡れた青い瞳が、息を飲むほ綺麗だった。
○○「サ、サイさんこそ……心配しました」
サイ「君が無茶しようとするからだよ。 子猫のことを助けたいのはわかるけど…-。 もうちょっと、自分のことも考えた方がいいんじゃないかな?」
悪戯っぽく、サイさんが笑う。
(こんなふうに、笑うんだ)
その微笑みに、心にふわりと甘い感情が広がっていく。
サイ「はい、この子」
サイさんが、怯える子猫を私に預ける。
サイ「城へ戻ろうか」
○○「……はい!」
私とサイさんは猫を連れて城へと戻ることにした。
執事「サイ様……!」
城へ着くと、全身濡れているサイさんを見て、執事さんが驚きの声を上げる。
執事さんは、急いでタオルを手に取り、駆け寄ってきた。
執事「どうされたのですか!」
サイ「僕のことはいいから」
執事「……」
サイさんはタオルを受け取り、そのままその場を立ち去ろうとする。
子猫が彼の後ろをとことことついて行こうとするが……
サイ「残念だけど、お前はここまで。 ○○、すまないけどこの子を小屋まで連れて行ってくれないか」
それだけ言うと、サイさんは踵を返した。
執事「サイ様は、ご自分のことには無頓着なんですから」
執事さんは立ち去るサイさんの背中を眺めている。
その視線に、深い愛情を感じた。
執事「いつもそうです。他人の事を気遣うあまり、どこか一線引いてしまうのです」
○○「なんとなく、わかる気がします」
執事さんが、少し困ったように私に微笑みかける。
執事「とてもお優しい方なのですが……私としては、少々寂しく思います」
―――――
○○『やっぱりこの子猫、サイさんが飼えないでしょうか』
サイ『僕より、もっと大切にしてくれる人がいると思う』
―――――
(サイさん……)
それと同時に、さっきのサイさんの笑顔を思い出す。
―――――
サイ『君が無茶しようとするからだよ。 子猫のことを助けたいのはわかるけど…-。 もうちょっと、自分のことも考えた方がいいんじゃないかな?』
―――――
(それは、サイさんの方だよ……)
そう心に思いながら、立ち去るサイさんの背中を、私も眺め続けていた…-。