第4話 サイの気持ち

頬を風に撫でられて、そっと目を開ける。

(あ、私……)

二人を起こさないように、傍に座ったつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたようだった。

サイ「……起きた?」

優しい声がかけられる。

○○「……!」

気がつくと私は、サイさんの膝の上に頭を預けていた。

彼の右手が、私の肩をあたためるように優しく置かれている。

○○「ごめんなさいっ! 私……!」

慌てて起き上がると……

サイ「……気持ち良さそうに寝てたから」

サイさんも、少し照れた様子で視線を私から逸らした。

サイ「……」

○○「……」

沈黙が訪れている間も、私の胸は大きな音を立てていた。

サイ「そういえば、子猫がいないんだ」

サイさんが、口を開いた。

○○「えっ……」

サイ「僕が目を覚ましたときには、もういなくて……。 そのうち帰ってくるかなと思ってたんだけど、まだ戻って来ない」

○○「まだ、怪我が治ってないのに、どこに行っちゃったんだろう」

サイ「……外を探してみよう」

○○「はい」

サイさんと一緒に子猫を探すけれど、どこにも子猫は見当たらない。

(どこにいっちゃったんだろう)

森を抜け、近くにある洞窟の中にまで足を踏み入れた時…-。

○○「サイさんっ! あそこ……!」

洞窟に流れる川の中の、出っ張った岩の上に子猫が取り残されていた。

川の流れは、今にも子猫のいる場所を飲みこんでしまいそうなほどに速い。

○○「どうしてあんなところへ……早く助けないと!」

慌てて川の中へ入ろうとした瞬間……

サイ「待って!」

サイさんに、腕を強く掴まれる。

○○「でも、早くしないと!」

サイ「危ないから駄目だ!」

○○「大丈夫です! 早く…-」

サイ「いいから僕に任せて、ここで待ってて!」

サイさんは私の腕を離し、ためらうことなく川の中へと入って行った。

深さは彼の腰が浸かる程度だったけれど、流れの速さに何度も体制を崩しそうになる。

(サイさん……!)

なんとか子猫の元に辿りつき、優しく抱き抱えると、こちらへ戻ってきた。

○○「よかった……! ありがとうございます」

サイ「……」

彼の青い瞳が、じっと私を映し出している。

○○「サイさん……大丈夫ですか?」

何も言わない彼を、心配してそう尋ねると…-。

サイ「君は、本当に無鉄砲だね」

○○「え…-」

呆れたような、困ったような声色でサイさんがつぶやいた。

サイ「……」

彼の濡れた青い瞳が、息を飲むほ綺麗だった。

○○「サ、サイさんこそ……心配しました」

サイ「君が無茶しようとするからだよ。 子猫のことを助けたいのはわかるけど…-。 もうちょっと、自分のことも考えた方がいいんじゃないかな?」

悪戯っぽく、サイさんが笑う。

(こんなふうに、笑うんだ)

その微笑みに、心にふわりと甘い感情が広がっていく。

サイ「はい、この子」

サイさんが、怯える子猫を私に預ける。

サイ「城へ戻ろうか」

○○「……はい!」

私とサイさんは猫を連れて城へと戻ることにした。

執事「サイ様……!」

城へ着くと、全身濡れているサイさんを見て、執事さんが驚きの声を上げる。

執事さんは、急いでタオルを手に取り、駆け寄ってきた。

執事「どうされたのですか!」

サイ「僕のことはいいから」

執事「……」

サイさんはタオルを受け取り、そのままその場を立ち去ろうとする。

子猫が彼の後ろをとことことついて行こうとするが……

サイ「残念だけど、お前はここまで。 ○○、すまないけどこの子を小屋まで連れて行ってくれないか」

それだけ言うと、サイさんは踵を返した。

執事「サイ様は、ご自分のことには無頓着なんですから」

執事さんは立ち去るサイさんの背中を眺めている。

その視線に、深い愛情を感じた。

執事「いつもそうです。他人の事を気遣うあまり、どこか一線引いてしまうのです」

○○「なんとなく、わかる気がします」

執事さんが、少し困ったように私に微笑みかける。

執事「とてもお優しい方なのですが……私としては、少々寂しく思います」

―――――

○○『やっぱりこの子猫、サイさんが飼えないでしょうか』

サイ『僕より、もっと大切にしてくれる人がいると思う』

―――――

(サイさん……)

それと同時に、さっきのサイさんの笑顔を思い出す。

―――――

サイ『君が無茶しようとするからだよ。 子猫のことを助けたいのはわかるけど…-。 もうちょっと、自分のことも考えた方がいいんじゃないかな?』

―――――

(それは、サイさんの方だよ……)

そう心に思いながら、立ち去るサイさんの背中を、私も眺め続けていた…-。

 

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