アディエル「……○○!」
突然、アディエルくんが私を抱きしめる…―。
それはすがるようなもので……私はそっと彼の背中をさすった。
アディエル「……悪ぃ」
しばらくして、アディエルくんが小さくつぶやく。
アディエル「お前の顔見たら……たまってたもんが爆発したみたいに……ん、もう落ちついたから」
ゆっくりと私の体を解放しながらも、その顔色は青白かった。
アディエル「なんかぐるぐる考え過ぎて、頭がおかしくなりそうだ……」
脱力したようにベッドの端にアディエルくんは腰をおろした。
ベッドのスプリングの音が、そのまま心の軋む音と重なる。
○○「……何があったんですか?」
肩を落としたままの姿が心配で、私も横に並んで座った。
心当たりはあった。
(きっと、アディエルくんの心をここまで揺さぶる人は・・・・・・)
アディエル「ルシアンに……。 あの禁止区域にいた子どものことで叱られたんだ。オレの行為が重いって言われた」
(やっぱり……)
アディエルくんの顔は、叱られた子どもの表情そのものだった。
アディエル「禁止区域に入っちゃいけないのは事実だけど……ルシアンのことを重ねるなって。 お前は、わかっていないって……」
(わかっていない……?)
少しその言葉が引っ掛かったものの、私はそのままアディエルくんの言葉に耳を傾けた。
アディエル「どうしたらいいんだ? オレがやらなきゃダメなのに……。 あいつの羽が黒いことをからかうやつや、知りもしないで嫌うやつは殴り飛ばしてやってきたのに」
○○「え……」
アディエル「今はしてないけど。あいつが嫌がるから……けど、睨んではやる。大嫌いだからな」
ひどく暗い声が床に沈み込むように落ちる。
アディエル「ルシアンはきっと……オレといるだけで黒い羽になったことを思い出すんだ。 だからオレにそばにいて欲しくないんだ……」
どんどんとアディエルくんの考え方自体が黒く染まっていくようだった。
○○「……ルシアンさんがそう言ったんですか? 黒い羽になったことを思い出すと?」
問いかけると、アディエルくんは唇を噛みしめる。
アディエル「そうは言われてない……ただ、『俺にかまうな』って言われた。 でも、それってそういうことだろ?」
(そっか……)
そこで私は初めて、さきほど感じた違和感の正体に気づいた。
(アディエルくんを見てると、ルシアンさんの気持ちが痛いほどわかる……)
○○「……」
私はアディエルくんが固く握りしめている拳を自分の手で柔らかく包む。
○○「……ルシアンさんが怒っているのは、アディエルくんのためだと思います」
アディエル「へ?」
○○「だってルシアンさんは、ひどいことを言う人じゃないんですよね」
アディエル「あったりめーだろ。あいつはいっつも人のことばっか考えてるお人よしなんだからな」
○○「じゃあ、きっと大切な友達のことを考えて言ってますよね」
アディエル「そ、それは……あいつ、いつも人のことばっかりで……そのせいで羽まで黒くして」
(ああ、そっか。いつもそうやって考えが巡って……)
私はきゅっとアディエルくんの手に重ねていた手のひらに力を込める。
○○「たぶん、そこなんだと思いますよ」
アディエル「は? なにが?」
○○「本当はルシアンさんは、最初からアディエルくんを許しているんです。許してないのは……アディエルくん自身だけに思えます」
私が告げた言葉に、アディエルくんが愕然とした顔で目を見開く。
アディエル「だって、許されたら……ダメだ……あんなことして」
○○「いいえ、許されないとダメです。だって……アディエルくんが乗り越えないと、ルシアンさんも前に進めないんじゃないですか?」
アディエル「……じゃあ、オレがずっと引きずっているから?」
○○「はい……きっと」
アディエル「そう……か。 ……」
しばらく、黙り込んでしまったアディエルくんだったけれど……
アディエル「……ははは。まるで親離れしてないひよっこだな」
やがて力なく笑い、私に手を伸ばした。
○○「アディエルくん……?」
そして……
そのまま肩に腕をまわされ、ベッドへと一緒に倒れこむ。
○○「……っ」
アディエル「悪ぃ、しばらくこのままでいさせてくれ」
抱き寄せられながら、小さく頷いた。
○○「大丈夫……ですか?」
アディエル「ああ……お前のおかげで、ルシアンの言いたいことが、ようやくわかったぜ」
(……辛そうな顔……そうだよね)
彼がずっと思い続けて来たことが、逆に大事な人を苦しめてしまっていた。
すがるように抱きしめてくる腕を、払うことはできなかった。
アディエル「ありがとな。○○。オレ、お前がいれば親離れできる気がする。 だから……もうちょっとオレと一緒にいてくれるか?」
絞り出すようなアディエルくんの言葉が、私の心を強く打つ。
(支えてあげたい……真っ直ぐなこの人を)
○○「はい」
しっかりと返事をして、そっと彼の背に手を回す。
ふわりと、柔らかな羽が私の手をくすぐった…―。
おわり。