数日後…-。
アディエルくんは毎日、私の世話を焼いてくれていた。
アディエル「少しはこの国にも慣れたか?」
明るく真っ直ぐな笑みがこちらへ向けられる。
○○「はい、たくさん案内してくれてありがとうございます」
アディエル「へへっ、お前は恩人だからな。これくらい当たり前だ」
そのとき、目の前を横切る子どもの存在にふと気が付いて……
○○「あ、あの子」
それは以前に有刺鉄線を超えようとして、アディエルくんに止められた子どもだった。
アディエル「っ! この前の子どもか?」
途端、アディエルくんの顔が険しくなる。
ちょうどその瞬間に、子どもがアディエルくんに気づいたようだった。
子ども「ひゃっ!」
小さな悲鳴をあげると、怯えた顔になって一目散に逃げていく。
○○「……逃げちゃいましたね」
アディエル「何で逃げるんだ?」
○○「突然会ったから、驚いたのかも……」
アディエル「失礼な奴だな」
アディエルくんが、気に入らない様子でふんと鼻を鳴らす。
けれど別段、気分を害してはいないようで……
アディエル「ま、いっか。ああやって元気なんだから言うことねーし。けどよ……」
アディエルくんは、にかっと微笑んだけれど、口を尖らせて言葉を続けた。
アディエル「……そんな怖い顔してたか?」
ふと心配げに聞いてくるので、かわいく思えてしまう。
清らかで素直な瞳が、私をうかがうように揺れている。
○○「そんなことないですよ。時々、怖い顔してますけど……」
アディエル「あ? そんなのは当たり前だろ」
○○「え……?」
アディエル「普通の顔してると舐められるから気を張ってるんだ」
(え? そういう理由で?)
思わず、ふふっと微笑んでしまう。
アディエル「オレは強くないとダメなんだ。 そうじゃなきゃ、子どもの頃あの禁止区域で起きたようなことがまた……」
急に深刻な顔になり、視線が遠くへ投げられる。
実直な瞳に憂いが帯び、途端に悲しげな雰囲気を纏った。
○○「……何かあったんですか? それにその……禁止区域って……?」
アディエル「禁止区域ってのは……有毒な瘴気が立ちこめてる、立ち入り禁止の場所だ。 羽を持ったものが立ち入れば、瘴気に汚染されて……」
そこまで言うと、アディエルくんはぐっと唇を嚙み締めた。
○○「……あの」
切実な様子に、言わなくても大丈夫だと告げようとした矢先、アディエルくんは弱々しくなりかけた瞳をまた強くきらめかせ前を見据えた。
アディエル「瘴気で、白い羽は黒くなっちまう……」
○○「羽が……」
アディエル「ああ、それをオレは子どもの頃に見てるんだ」
息を大きく吐いて、昔を思い出すようにアディエルくんが瞳を閉じる。
アディエル「……この審判の国の裁きを司る王子がいるって話はしたよな?」
○○「はい、ミカエラという王子がいると……」
アディエル「ミカエラは双子で、その兄貴がルシアンなんだ」
(そうだったんだ……)
アディエル「ミカエラとルシアンと、禁止区域の近くで遊んでいて……オレは、ミカエラとふざけてて……うっかり禁止区域の方へ落ちそうになったんだ。それをルシアンが助けてくれた」
○○「……!」
アディエル「でも、そのせいでルシアンが足を滑らせて、禁止区域に落ちた」
○○「えっ……」
ひどく辛そうなアディエルくんの表情に私も胸が締め付けられる。
アディエル「そのせいで、あの雪みたいに綺麗だって言われてたあいつの翼が真っ黒になった……。 オレのせいで……」
アディエルくんは血が出そうなほど強く下唇を噛んだ。
○○「それは……事故です。誰のせいでもないと…-」
アディエル「いや、オレの不注意だ。なのにルシアンは一度だってオレを責めたことはない」
(だから、あんなにルシアンさんのことを……)
アディエル「だからオレは……ルシアンのために生きたい」
(それだけアディエルくんの中ではルシアンさんの存在が大きいんだ)
目を伏せるアディエルくんは、怯えて震えている子どものようにも見えた…-。