それはアポロが遠征へ出てからすぐのこと…
怒号のような叫び声や、地響きのようや足音に、私は慌てて、城の部屋から飛び出した。
(何が起こってるの…!?)
廊下に出てみれば、城の人々が逃げ惑うようにして駆けている。
○○「あのっ!何があったんですか?」
侍女を一人捕まえて聞くと、震える声で答えてくれる。
侍女「あ、あの、アポロ様の兄上、ダイア様の兵が…この城の侵略を…」
○○「っ…!?」
驚愕の事実に、息が詰まった。
(アポロは今、いない…どうすれば…!)
(そうだ、お兄様と直接話をすることができれば……)
そう思い、私は廊下を駆け出した。
するとその時…
??「もしやそなたが、トロイメアの姫君かね」
目の前から兵士を引き連れやってきた男性が、大仰に手を広げて言う。
○○「…あなたは?」
ダイア「フレアルージュ第一王子ダイア、アポロの兄だよ。姫君、噂に違わぬかわいらしい方だ。 あのような力馬鹿にはもったいない。どうだい、私の姫にならないかい」
アポロと同じ色の髪、同じ色の瞳ははずなのに…
その立ち振る舞いは、威厳に溢れたアポロとは正反対に、ひどく惰弱に感じられた。
○○「…嫌です」
(アポロの留守を狙うなんて…)
手のひらをぎゅっと握りしめ、拒絶の意志を示すように彼を見据えると…
ダイア「その瞳…あいつそっくりだな。忌々しい」
彼の顔から、薄い笑みがふっと消えた。
ダイア「お前がどう言おうと関係ない。さあ、一緒に来い」
○○「っ…!」
一歩踏み出すと、彼はきつく私の腕を掴んだ。
その時…ー。
アポロ「やはり、阿呆だな」
よく通る低音が、廊下に響き渡った。
ダイア「何…?」
アポロ「俺の不在に、城と妃を奪って征服しようとでも思ったのか?浅はかだ。 それに、それはお前には過ぎた女だ」
炎を発するかのような怒りを宿したアポロが、ゆっくりとこちらに歩み寄る。
そして、以前見た時よりもずっと激しく、気高く…彼の腕から紅蓮の炎が噴き上げた。
ダイア「馬鹿な…なぜここにいる!?」
お兄様が、私の腕を掴んでいた手を震わせて、一歩後ずさる。
アポロ「わめくな、耳障りだ…!」
ダイア「…!!」
荒れ狂う炎がとぐろを巻き、お兄様を焼こうとする。
しかし…威嚇だったのか、炎は床だけを焼き、お兄様は腰を抜かした。
私の腕を掴む力が緩められた、その時…ー。
アポロ「○○」
アポロの口から初めて私の名前が呼ばれ、彼の手が差し出される。
○○「…!」
お兄様の手を振り払い、夢中でアポロの方へと駆け寄ると、逞しい片腕に抱き寄せられ、しっかりと抱きとめられた。
○○「…っ」
思わず彼の胸に顔を埋めると、さらに強く抱きしめられる。
アポロ「動くと思っていた。愚かな兄よ」
ダイア「な、なぜここにいる…!」
アポロ「あの程度の領土を抑えることなど、半日もあれば充分だ。 俺の力をなめているようだな、父も貴様も」
ダイア「く…っ、ま、まあ、いい今回は撤退だ…!今回だけはな!」
惨めな捨て台詞を吐き、お兄様は這うようにして逃げ去っていく。
ゆっくりと…まるで心が穏やかに静まっていくかのように、アポロの炎が消えていった。
アポロ「…怪我は」
○○「私は大丈夫です。でも、アポロが……」
力を使ったせいか、彼の顔は憔悴しているように見えた。
アポロ「俺が、どうした。騒ぎを鎮め、妃を守っただけだ」
○○「き、妃では…っ」
アポロ「妃だ、俺が決めたのだから絶対だ」
さも当然というように、アポロがきっぱりと言い放つ。
アポロ「貴様は妃として、俺の傍にいろ。そしてただ、守られていれば良い」
○○「またそんな…好きでもないのに…っ」
アポロ「多少は、会いたいと思った」
○○「え…」
アポロが、これまで見たことのない優しい笑みを浮かべている。
アポロ「そう、その呆けた顔が早く見たいと思ったのだ」
○○「もう…!!」
(からかわれてばかり…)
そう思うのに、アポロの微笑みになぜだか胸がいっぱいになって、私は何も言えなくなってしまった。
アポロ「部屋へ戻る。多少、疲れた…」
○○「っ…ア、アポロ…!」
(力を使ったから…大丈夫なの?)
不安になり見つめると、咎められるような視線が向けられる。
アポロ「案じるなと言っているだろう」
けれど苦痛に歪む蒼白な顔に、私の胸は痛んだのだった…ー。