○○と願いを叶える旅から戻った日のこと…―。
(不思議な旅だったな……あの旅人は、もう家に着いただろうか)
力を失い打ちひしがれていたはずなのに、僕は今、この数日のことを思い出して温かな気持ちでいた。
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○○「人々が、何が嬉しくて笑っていたのか、確かめにいきませんか」
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(○○……)
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○○「シュテルさんの笑顔が嬉しかったんです。 枯れない花をあげたいと思ってくれた、その心が……嬉しかったんです」
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(愛しい……)
彼女のことを思うと、自然と頬がほころぶ。
そんな自分に気付き、ますます笑ってしまった。
(僕が笑うことが嬉しいだなんて、君といると、笑顔を抑えるほうが大変な気がするよ)
風が吹き、小さな花壇に咲く花々が揺れる。
シュテル「……」
少し考えてから、その花を手折った。
指先が夜露に濡れて、そのひんやりと心地よい感触に驚く。
(……そうか。花を摘むのは、はじめてだった。力に頼ってばかりで、何も知らなかったんだな……僕は)
初めて作るブーケはひどく不格好で、僕は何もできない自分にため息をつく。
(城に花屋を呼ぼうか……いや、君が、教えてくれたんだ。願いを叶えようとする心が、人を喜ばせるのだと)
不格好な花束にキスを落とす。
彼女の笑顔を思い浮かべ、小さな花束を潰さないよう、そっとポケットに入れた。
そうして、彼女の部屋を訪れると……
窓辺のソファに腰掛けていた彼女は、何かを手にニコニコと楽しそうに微笑んでいた。
シュテル「……何を見てるんだ?」
○○「シュテルさん!これ見てください。さっき砂漠で撮った写真を、お城の博士が現像してくれて」
写真を受け取ると、そこに写っていたのは、飛行機を背に楽しそうに笑う彼女と旅人、それに、不自然なほど仏頂面な僕…―。
○○「シュテルさん、これ……」
シュテル「……もういいから」
(恥ずかしい……やめてくれ)
シュテル「初めてだったんだよ。写真とやらを撮られるのは」
彼女は、とても楽しそうに笑っている。
(恥ずかしいが、まあ……いいか)
その笑顔を見ると、他のことはどうでも良くなってしまった。
(ずっと見ていたい)
その時、思い付いた。
(もしかしたら、カメラとやらで撮れば……)
さり気なく彼女の傍に置いてあるそれに手を伸ばす。
シュテル「面白い技術もあるものだな……」
旅人がしていたことを思い出して構えてみると、
ガラス越しに彼女の手が伸び…―。
○○「じゃあ、二度目を撮らせてください。今度は笑ってくださいね」
そう言って、僕の手からカメラを取り上げようとする。
思わずその手を引いて……
○○「シュテル、さん……?」
彼女をそっと腕の中に閉じ込めた。
シュテル「それより……」
○○「あ……っ」
心のままに細いうなじに唇を落とすと、彼女が体を震わせる。
シュテル「君に言いたいことがある」
○○「え……?」
シュテル「君が僕を連れ出して教えてくれた。力がなくても、心を尽くせば人を笑顔にすることはできる。」
(人の願いを叶える能力は、僕にとって喜びであると同時に、それがなくては生きていてはいけないと常に僕に昏く囁きかける鎖のようなものだった。けれど……)
シュテル「僕も、苦労して見た笑顔のほうが、ずっと嬉しかった。」
(そう……願いは叶えられなかったけれど、彼は笑ってくれた。君が、それを見て嬉しいと笑ってくれた時、僕は……初めて許された気がしたんだ。願いを叶えなくても、生きていていいのだと)
シュテル「でもね……わかったんだ。」
(はじめて義務のような重みから解放された瞬間、心の底から、願ったことがある)
シュテル「僕が一番笑顔にしたいのは、君だって」
○○「シュテルさん……」
(他には、なにもいらないほどに、僕は、君に笑っていて欲しい……)
シュテル「子どもの頃から、ずっと考えてた。どうして、王家に生まれて力を与えられえたのに、
寿命が短いんだろうって。僕は、何の為に生まれてきたんだろうって」
首筋にキスを落とすと、彼女が小さく吐息を漏らす。
そんな彼女があまりに愛おしく、彼女を抱く腕に力を込めた。
シュテル「僕はきっと、君の願いを叶えるためだけに生まれてきたんだ」
(だって、君が笑うことが、こんなにも嬉しいのだから)
○○「……っ」
(どれだけ僕が君に感謝しているか、伝わるだろうか)
シュテル「これからずっと……君がくれた命の全てをかけて、君の願いを叶えてあげたい。君の笑顔を、見ていたい」
(心の底から、願うよ。だから、どうか……)
シュテル「笑って……」
祈るような気持ちで、花束を取り出す。
彼女がそれを手に笑ってくれた時……
心の底から、幸せだと思った…―。
おわり。