所狭しと並ぶ本棚の隙間から、○○の横顔が見える。
(ああ、あんなに緊張して)
彼女の前には僕の父上が座り、黙って彼女の顔を覗き込んでいた。
(急に連れてきてしまって、ごめん。でも……)
父上の書斎の小さなキッチンでベルガモットティーを淹れながら、彼女の白い首筋を見つめた。
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シュテル「星が……!」
ー----
窓に夜空の星々が降り注ぎ、彼女の首筋が赤く染まったあの時……
(僕は、気づいてしまったんだ。僕は、君を失いたくないのだと。君が何よりも大切なのだと……だから)
シュテル「熱……っ」
ポットからこぼれ落ちた一雫の茶が、僕を現実に引き戻す。
痺れる親指の先を唇に当てながら、茶をカップに注いだ。
(だから、どうしても、君に伝えたい)
トレイにカップを載せて、自分を奮い立たせる。
シュテル「○○、驚いた?父上は、国王陛下であるとともに高名な学者でもあるんだ。 普段は王宮ではなく、この星で国の為の研究をなさってる。僕の憧れで……」
さり気ない風を装っているつもりなのに、そんな言葉しか出てこない自分が可笑しい。
国王「その辺にしておけ。ところで、体は良いのか? また、このように出歩いたりして」
父上が、いつものように心配そうな瞳で僕を見つめる。
幼い頃、何度も僕の為に星に願ってくれた、あの優しい瞳……
(あの願いだけは、何故だか叶わなかったけど)
シュテル「はい……そのことで、お話が」
星屑時計を握りしめ、真っ直ぐに○○に向かい合った。
シュテル「彼女が、願ってくれたんです。僕とずっと一緒にいたい……と」
父上は、微かに首を傾げた後、目を大きく見開く。
国王「星屑時計か……?」
シュテル「はい。どういう訳か……もう、願いを叶えても星屑は減らないようです。」
父上の瞳が微かに揺れ、今日まで父上が僕にくれた深い愛を想った。
王宮から離れ、本に埋もれて、誰一人として近づけないほどに集中して父上が研究してきたこと……
(……ありがとうございます。そんな父上に、どうしても彼女をご紹介して、安心していただきたかった。父上の前で、伝えたかったのです)
○○が、不思議そうに僕の顔を覗き込んでいる。
(誰からも祝福される形で……○○との未来を夢見たいから)
彼女に笑いかけ、もう一度父上を真っ直ぐに見つめた。
シュテル「僕は、父上にお許しをいただきに来たのです」
国王「許し……?」
シュテル「はい……」
拳を強く握り、顔を上げる。
シュテル「この命は、国と彼女の為に使いたい。この先、ずっと。 ○○……。君は聞いてくれたね。僕の願いは何かと。 やっとわかったんだ。僕は、君の傍にいたい」
(知ってる?○○。これが、僕の初めての願いだということ。人の役に立ちたいと願う以外で、初めて自分自身で願ったことだと……)
そうして、父上の許しをいただき、○○と二人で流れ星に乗った。
見慣れた景色のはずなのに……
(どうしてだろう。とても、綺麗だ)
甘く香る彼女の髪が肩に当たり、思わず目を細める。
先ほどから頬を染めて星ばかり見つめている彼女の耳元に、そっと囁きかけた。
シュテル「○○」
名前を呼ぶと、彼女は驚いたのか肩を震わせる。
シュテル「……驚いた?」
○○「少し……」
(やっぱり、そうだよね。君の気持ちを聞かず、急に父上のところに連れていき、一方的にあんなことを言ってしまって。でも、ああせずにはいられなかったんだ)
シュテル「……別に、返事が欲しいわけじゃないんだ。 僕はずっと、確かなものが欲しかった。 そして、見つけた……この気持ちを」
(君は、こんなに僕の側にいたいと願ってくれた。どれだけ驚いたか。どれだけ……嬉しかったか)
○○「シュテルさん……?」
彼女の澄んだ瞳に見つめられ、胸が甘く軋む。
心の奥から溢れ出る想いを、そっと唇に乗せた。
シュテル「君が好きだ」
○○「……っ」
消えないように、その存在を確認するように、僕は彼女を抱きしめる。
シュテル「もう決めたんだ。僕の命は、君と国の為に捧げるって。 今のこの星屑時計の……この力強い輝きのように、僕は、命ある限り君を想うよ」
(君が、幸せであるように。すべての苦しみや悲しみと無縁であるように。いつも、笑っていられるように)
星屑時計がシャラリと音を立てる。
一人首を振り、彼女を抱く手に力を込めた。
(僕が、君の全てを守る。願いではなく……誓うよ)
耳まで赤く染めた○○が、僕を見つめて微笑んでいる。
願いを口にする代わりに、僕の腕の中で笑う愛しい人の頬に、そっとキスを落とした…―
おわり。