○○を呼び出した俺は、待ちながら空を見上げた。
いつも空を覆っている、あの灰色の雲…―。
(雲は……食べられないからな……)
そんなことを考えたら、思い切り腹が鳴った。
グラッド「腹……減った……こんなに腹減ってるの……初めてだ。○○が作ったパン……食べられなかったからだ……」
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グラッド「何だかよくわからないけど、パンを見た瞬間、ドキドキして……それなのに食べられないって思ったら、苛々して……。こんなのは初めてだし、こんなふうに食い物のこと考えたのも初めてだ……!」
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○○がせっかくパンを焼いてくれたのに、俺は食べられなくて逃げ出した。
(初めて、美味そうって思ったな……食べる時になって、怖くなるなんて……)
グラッド「あ……」
○○のことを考えたら、もっと腹が減った気がした。
(腹って言うより、もっと上の部分……苦しくて、締め付けられるような……変な感じ……)
グラッド「腹が減りすぎているからか……?」
俺は辺りを見渡した。
(木も草も、食べれそうなもんはいくらでもある……いつもだったら食っているのに……でも、今は全然食べたいと思えない……。○○の作ったパンが食べたい……一番に食べたい……食べる順番なんて、今までどうでもよかったのに……なんでだ……?)
グラッド「でも、この理由がわかったら、○○のパン……食べられるのかな……。食べたい……○○、早く来ないかな……」
○○の顔を思い浮かべたら、また腹の上が苦しくなった。
もしかしたら、俺の腹も○○を待っているのかもしれない。
(お腹いっぱい食べたい……腹の上が苦しくなくなるまで……今度は逃げずに……)
○○「グラッドくん」
○○の声が聞こえて、俺はどうしていいか分からなくなる。
(また腹の上が苦しい……○○の顔を見たら、もっと苦しくなった。でも……)
グラッド「……さっき、混乱してた。ごめん。ちゃんと話がしたくて呼び出した」
俺は、○○に自分の気持ちがわからないまま、話し始めた。
そして…―。
俺は○○の作ったパンを食べて、初めてお腹がいっぱいになった気がした。
(いや……○○が言う通りなら、お腹じゃなく心ってものが、きっと……)
……
あの日から、しばらく経ち…―。
今では、○○の作ったランチを食べるのが、俺の日課になった。
グラッド「腹減った……」
○○「今準備しているから待ってね」
今日はいつもより空が明るいから、庭にマットを敷いて、その上で飯を食べるらしい。
(俺にはどこでも関係ないけど……でも、その方が美味しく食べられると○○が言うのなら、そうなんだろうな……)
グラッド「いい匂い……今日は何を作ったんだ?」
○○「今日はサンドイッチだよ」
グラッド「美味そう……」
○○の作るものはいつだっていい匂いがしたし、食べると美味しいがわかった…―。
だから俺は、いつの間にか食べるのが楽しみになった。
(食べ物を食べるのは当たり前のことで、味なんてどうでもよかったのに……○○が作ってくれるからだ……)
○○と出会って……
食べるだけだった俺は、色々なことが気になって、色々なことを知っていく。
(きっともっと知ったら、もっとお腹いっぱいになるのかもな……)
○○「はい、グラッドくん」
○○がサンドイッチを差し出した。
俺はそれにそのままかぶりつく。
グラッド「うん……美味い……」
○○「よかった」
俺が美味しいと言うと、○○は嬉しそうに笑う。
その顔を見ると、もっと美味しく感じて、腹がいっぱいになっていく。
(不思議だな……ああ……でも最近、ちょっと物足りない。今一番食べたい物が、別にあるから……)
○○「うん。美味しく出来たみたい」
○○はサンドイッチを食べて満足そうにうなずいた。
その唇に、サンドイッチのソースがついている。
(美味しそう……)
グラッド「○○」
○○「どうしたの?グラッド君」
俺は我慢できなくて、○○の唇をペロリとなめた。
○○「っ……!」
柔らかい唇…―。
どんな味がするのか、食べてみたかった。
グラッド「うん、美味い」
○○「あの……」
○○の顔が、真っ赤になっていく。
(可愛くて、美味しそう……)
グラッド「もっと食べていい?」
○○「え……?」
俺は○○の唇をまた舐める。
離れたら、また食べたくなる。
(困った……これは、一度食べたら止まらない……)
それは、パンより甘くて、ガムよりも甘い味がして……
俺の一番好きな食い物になった…―。
おわり。