グラッド「……さっき、混乱してた。ごめん。 ちゃんと話がしたくて呼び出した」
薄暗い街の一角で、グラッドくんは真剣な表情を見せる。
厚い雲に覆われた空では、悲しげな鳥の鳴き声が遠く聞こえていた。
グラッド「俺……やっぱりよくわからないんだ。 俺たちは、この世の全てをむさぼり食べる欲を司る一族。 だから、食べること以外になんか興味を持たなくていいはずはのに……」
グラッドくんは、言葉を詰まらせる。
けれども、すぐに口を開き……
グラッド「なのに、何であんたが必要なんだ? 誰かを好きになったって、それで腹は膨れない。 恋の味もよくわからないし、あんたといると腹の上の方が苦しくなるし。 わからないことだらけだ……」
○○「グラッドくん……」
グラッドくんは困惑しながらも、胸の内に伝えてくれる。
そんな彼に、私は…―。
○○「これは、私の考えなんだけど……」
グラッドくんに伝えたい想いが、私の中から溢れ出す。
○○「王妃様達が、私とグラッドくんに仲良くしてほしがってたのは。 きっと、一つのことじゃ心は満たされないからだって……そう思うんだ」
グラッド「心? ……心は別に、満腹にならなくていい」
グラッドくんが、不思議そうまばたきをする。
○○「だけど、心が満腹になった方が幸せな気持ちにならるだと思う」
グラッド「幸せな気持ち……。 パンを食べて腹いっぱいになるのは、違うのか?」
○○「違うよ。心は……グラッドくんの言う、お腹の上の部分だから」
グラッド「それって……ここか?」
グラッドくんが、そっと自身の胸へと手を押し当たる。そんな彼に、私は静かに頷いた。
グラッド「……ここは、あんたといるとよくおかしくなる。 あんたが作ってくれたパンを食べようとした時も……。 急に不安になって、苦しくなった」
○○「どうして?」
グラッド「俺は、食べるものについて美味いとか不味いとか、考えたことなかった。 だけど、あんたのパンはいい匂いがして……美味そうだと思って……。 それなのに、もし食べて美味いとも不味いとも思わなかったら……最悪だ。 そういうの……怖いだろ」
○○「グラッドくん……」
(そんなことを考えてたなんて……)
不意に込み上げてくる愛おしさで、私も胸が苦しくなった。
グラッド「でも……でも、もう大丈夫だ。覚悟した」
○○「え……?」
可愛らしいそばかすの中にきらめく瞳が、真っ直ぐに私を捉まえた。
グラッド「何か色々わかってきた気がするし、あんたのパン食べてみたい。 ……ほら、その、恋人?同士?みたいな……気持ちで」
○○「っ……!じゃあ……」
グラッドくんの決意を嬉しく思いながら、持ってきたパンを取り出す。
すると……
グラッド「んっ……」
○○「……!」
グラッドくんは、私の手元に顔を近づけると、そのままパンにかぶりついた。
ふわりと香ってきた甘い匂いは、グラッドくんがいつも食べているガムの香かもしれない。
グラッド「美味い……。 もっと……」
グラッドくんは、ねだるような瞳を私に向け、小さく囁く。
間近で見る彼の瞳は、吸い込まれそうに魅力的で……
○○「……うん」
私が頷くと、グラッドくんは再びパンにかぶりついた。
グラッド「パンって……こんな味だったのか」
○○「いつもと違う味がする?」
グラッド「違う味をするんじゃない。 ちゃんと……味が、する。 多分、あんたが作ってくれたからと……あんたと一緒だから。 すごく……すごく美味い味がする」
一口、また一口と、私の手の中にあるパンを頬張って……グラッドくんは、嬉しそうに微笑んだ。
グラッド「ありがどう、○○」
初めて見る、彼の心から嬉しそうな微笑みに、心奪われた私は……頬に熱を感じながら、グラッドくんの言葉に頷く。
グラッドくんの言う『恋人同士』みたいな時間は、私達の心とお腹を、少しずつ満たしてくれたのだった…―。
おわり。