窓辺に視線をやると、辺りには夜のとばりが下り始めていた。
(そろそろ行かなきゃ……)
心残りを振り切るようにして、荷作りを終えた鞄を持ち上げる。
けれども……
??「大変です!!またあの時のように暴走して!」
??「何だと!?すぐに、できるだけ魔力の高い者を呼んでくるんだ!!」
扉の外から、ただ事ではない雰囲気が伝わってきて、私は慌てて部屋を出た。
〇〇「!!」
(これは!?)
城の床には不気味な紫煙が広がり、人々がいたるところにしゃがみ込んでいる。
〇〇「一体、何が起こったんですか!?」
メイド「トロイメアの姫様……どうか早くお逃げください。嫉妬の毒気に当てられないうちに……」
〇〇「しっかりしてください!!」
メイドは青い顔をして、その場に座り込んでしまう。
(嫉妬の毒気?もしかして……)
私は嫌な予感がしたまま、紫煙が流れてくる方へと駆けた。
すると、倒れる人の数が徐々に多くなり……
廊下の角を曲がった先に、紫煙に包まれた人影を発見した。
よく見ると、それは……
〇〇「ウェディくん!?」
彼は呼ばれるなり、苦悶の表情を浮かべて私から距離を取ろうとした。
ウェディ「ダ、メだ……来るんじゃねェ!! この毒気は……抑えられねェんだ……っ!」
その瞬間、以前彼から聞いた言葉が頭を過ぎる。
――――――――――
ウェディ「もちろんオレも嫉妬に晒されたし、そんな生い立ちだからオレ自身に宿った嫉妬の魔力の力も強い……。 そのせいで……小さな頃は、城のヤツらを困らせることもあって…―」
――――――――――
(まさか、これが……!?)
私は息を呑んで、彼に近づこうと一歩踏み出した。
ウェディ「ダメだっつってんだろ!もしお前を傷つけるようなことになったら、オレは……!」
〇〇「……っ!」
苦しそうなウェディくんを、そのままにはしておけなくて……
気付けば私は、彼に向かって走り出していた。
そうして、嫉妬の毒気を撒き散らす彼の体を抱きしめた、その時…―。
ウェディ「っ、……〇〇……、ぐ……ぐあああぁぁああぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫の後、彼は意識を失った。
すると……
禍々しい紫煙は、一瞬にして霧散したのだった…―。
…
……
ウェディくんが、城の人々の手によって寝室へと運ばれた後……
私は彼の意識が戻るまでの間、客間で待つことになった。
執事さん達の話によると、城の被害は早めに事態が収拾したことにより、最小限で済んだらしい。
けれども……
(ウェディくん、大丈夫かな)
(それに、倒れていた人達も……)
(だけど、どうして私は他の人達みたいに毒気に当てられなかったんだろう……?)
ソファに座りながら、考えを巡らせていると……
執事「〇〇様、ウェディ様が意識を取り戻しました」
〇〇「え……!?」
執事さんの言葉を受け、私は慌ててソファから立ち上がる。
そして、部屋の扉に向かった、その時…―。
ウェディ「……」
私が手をかける前に、ひとりでに開いた扉の前には、少しだけ青い顔をしたウェディくんが立ち……
その様子を見た執事さんは、静かに客室を後にした。
〇〇「ウ、ウェディくん?出歩いたりして大丈夫なの!?」
ウェディ「ああ。あの力は、体力を消耗するだけだから……。 けど、ごめん……」
彼は少しの間、言いよどむようにし……
やがて少しずつ口を開く。
ウェディ「オレ、お前がセロと仲良くしてるところとか……この先、手を繋いで歩いたりするのとか……。 いろいろ考えたんだ……そしたら気が狂いそうになって……。 だから〇〇のこと、嫌いになろうと努力したんだけど……」
〇〇「え……?じゃあ、私を避けていたのは……」
ウェディ「……」
ウェディくんはうなだれ、押し黙ってしまった。
けれども少しの間の後、再び顔を上げて思いを口にする。
ウェディ「お前には絶対、迷惑かけたくないって思ってた。 でもそのうち、
嫉妬の力を抑えきれなくなって…―」
彼はそこまで言うと、悔しそうに顔を歪めた。
ウェディ「お前やっぱり早く帰れ! こんな危ないオレの傍にいたらダメだ!!」
〇〇「…………」
白くなるほど唇を噛みしめる彼の姿に、胸が押し潰されそうになる。
そして……
ウェディ「……今まで、ありがとな」
彼は、消え入りそうな声でつぶやいた後、私に背を向ける。
その瞬間、私は…―。
ウェディ「……!〇〇……? や、やめろよ!オレなら平気だから……オレは我慢してこの気持ちも忘れるから……!」
ウェディくんはそう言うものの、背中は小さく震えている。
そんな彼を離すまいと、私は彼を抱きしめる腕に力を込めた。
ウェディ「頼むから……お前が幸せならオレはそれでいいって思えるから! このまま傍にいたら、オレ……いつかあの力でお前を…ー」
〇〇「そんなことないよ」
ウェディ「え……?」
〇〇「だって私、あの煙を浴びてもこうして元気でしょう? それにウェディくん、勘違いしてる」
そこまで言ったところで、私はきゅっと唇を噛む。
そうして、一つだけ大きく深呼吸をした後……
〇〇「私が、好きなのは……。 ……私がずっと考えていたのは、ウェディくんのことだから」
ウェディ「……!!」
私が震える声で想いを告げると、彼は驚いたように私の方へと向き直る。
〇〇「……っ!え、えっと……。 ほ、ほら、ね?体の方は、本当になんともないから」
告白の後の気まずさから、思わず目をそらした私は、胸の鼓動を必死に抑えこみながら、言葉を紡ぐ。
ウェディ「……確かに、大丈夫みてェだな。 けどなんで!?小さな時に暴走させた時は平気なヤツなんて……」
当時のことを思い出したのか、ウェディくんの顔が苦しげに歪む。
(ウェディくん……)
〇〇「理由はわからないけど、でも……。 私はウェディくんと、この先も一緒にいたい」
ウェディ「……っ!! オレで……本当にいいのか?」
脅えるような問いかけに、しっかりと頷くと……
彼は安心したように表情を緩め、私を抱きしめる。
その腕は温かく、まるで彼の想いが伝わってくるようだった…―。
おわり。