奉納の儀が終わってから数日の後、執務室で溜まった事務作業をしていると…―。
従者「シャオ様、お疲れではないですか?」
シャオ「大丈夫ですよ」
ワゴンに乗ったティーポットから、ミントティーの爽やかな香りが漂う。
従者「ですが、昨晩も遅くまでお仕事をされていたようですし……」
シャオ「報告書や稟議書に目を通すのも、わたしの大切な仕事ですからね」
そう告げると、最後の書類に目を通しサインをする。
(ようやく終わりましたか)
目頭を押さえ、小さく息を吐く。
(さすがに少々疲れが……)
従者「夜のご公務まで、お時間がございます。少しお休みくださいませ」
従者は頃合いを見計らって、ティーカップを差し出してくれた。
彼の左手に輝く結婚指輪がまぶしい。
シャオ「そういえば、先月結婚したばかりでしたね。新婚生活はどうですか?」
従者「あっ、はい。私にはもったいないくらいの妻でして……」
微笑む従者は、幸せそうに見える。
(羨ましいですねぇ)
シャオ「結婚の決め手はなんだったのでしょうか?」
従者「そっ、そうですね……」
彼は突然の質問に戸惑いながらも……
従者「強いて言えば、浮かんできたのです。目を閉じたら……彼女の笑顔が」
シャオ「……笑顔?」
従者「彼女しかいないと思ったら、いてもたってもいられなくなりまして。 その日のうちにプロポーズを」
シャオ「すばらしい行動力ですね!」
従者「体が勝手に動いてしまったんです」
その時の想いが蘇ったのか、従者は額に汗をかいている。
従者「ですがあの時、彼女に気持ちを伝えてよかったと思っております」
彼から放たれる幸せオーラに、心が和んだ。
(自分の気持ちに正直になったからこそ掴んだ幸せ、ですか……)
乾いた喉をミントティーで潤す。
(あの子にわたしの素直な気持ちを伝えたら、どんな顔をするでしょう……)
ティーカップから立ち上がる淡い湯気を見つめながら考える。
すると、窓の外から楽団が奏でるヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
(あの子も今頃、同じ音楽に耳を傾けているのでしょうか)
心地よいヴァイオリンの音に耳を傾けながら、瞳を閉じると……
○○『すごいですね……魔法ですか!?』
子どもと一緒になって、はしゃぐ○○さんの笑顔が浮かんだ。
(今すぐ、会いたい……)
抑えられない衝動に、ゆっくりと目を開ける。
シャオ「……あなたの気持ちがわかったような気がしますよ」
従者「えっ!?」
飲みかけのお茶をテーブルに置くと、立ち上がる。
シャオ「時間までには戻ります」
そう告げると、わたしは部屋を出た。
…
……
○○「……シャオさん!」
回廊に続く中庭の入口までやってきた時、○○さんの声が聞こえた。
(ああ……)
彼女の姿をはっきりと捉えた瞬間、思わず息を呑む。
陽の光を浴びて優しく微笑む彼女の姿は、まぶしいほどに輝いていて、彼女を囲む人々も楽しげに笑っている。
(そんな笑顔を、わたし以外に見せないでください)
(皆が、あなたに夢中になってしまう……)
込み上げてくる黒い気持ちを、必死に抑える。
(気づいているでしょうか?)
(こんなにもわたしが、嫉妬していることに……)
そう思いながら、彼女を見下ろすものの……
(……やはり、あなたは何もわかっていないようですね)
彼女の瞳は、人を疑うことなど知らない澄んだ色をしている。
(それならば……今日は存分に、わからせてあげましょう。わたしの気持ちを……)
シャオ「○○さん、今日こそは二人の時間を過ごしましょうか?」
○○「え……でも、お仕事は…―」
シャオ「そんなのとっくに終わらせちゃいましたよ!」
わたしはそう言うなり、彼女の手を取った。
…
……
深く蒼い水の底は、わずかに差し込む光で幻想的に揺らめいている…―。
シャオ「ここなら、もう誰にも邪魔されないでしょう?」
抱き寄せた彼女を見て、微笑む。
(ああ、やっと……)
ようやく二人きりになれたことに安堵しながら、彼女の腕を自分の首筋に添えさせた。
○○「え……?」
シャオ「本当は、あなたをずっとこうして独り占めしたかったんです。 だけど、あなたは素敵な笑顔で、すぐに人を惹きつけてしまうから……」
○○「そ、そんなことは……」
(まだわかりませんか? あなた自身の魅力を)
(どれだけわたしが、あなたを想っているかを)
戸惑う彼女を、まっすぐに見つめる。
シャオ「他人に嫉妬して、自分の気持ちに気づくなんて、わたしもまだ若いですね」
○○「嫉妬……?」
(だから今こそ……わたしの想いを素直に伝えます)
シャオ「はい。わたし、あなたのことが好きになっちゃいました」
○○「……っ」
彼女の瞳には、わたしだけが映っている。
(どうか今だけは……)
(わたしだけのあなたでいてください……)
ゆっくりと静かに時を刻む湖の底で、強く願う。
彼女の温もりに、幸せを感じながら…―。
おわり。