月SS エンドロールの後も

突然、巨匠テル・ビートンから映画出演のオファーを受けた○○…―。

マネージャー「今回はヒロインの台詞も少ないですし、役イメージも○○様に合わせると」

○○「だ、大丈夫って……待ってください!」

彼女は当然のことながら、驚きで顔色を失くしてしまっていた。

○○「私、演技の経験なんて……」

(戸惑うのも、無理ないよね……)

○○を指名したテル・ビートンは、趣向を凝らした作品を次々と発表していた。

(今回のキャスティングは、僕よりむしろ○○ありきかもしれない……)

だとすれば、お馴染みのラブロマンス映画を僕が避けたところで…―。

(○○と、他の俳優が恋人役を演じることになるかもしれないということだ)

そう思い至った時、胸の奥がざわりと波立った。

(僕は……彼女の相手役になる人に嫉妬している)

マネージャー「どういたしましょうか、ジェリー」

ジェラルド「……僕は……」

(こんなこと、初めてだ)

自分の感情に戸惑い、言葉を見失ってしまった。

○○は不安げに首を傾げ、僕の言葉を待っている。

(……後悔は、したくない)

(それに)

(彼女となら、僕は……)

瞳を閉じ、ゆっくりと言葉を選ぶ。

ジェラルド「僕は……もし○○が相手役なのなら、引き受けたいと思います」

○○「……!」

ジェラルド「もしあなたが恋愛映画のヒロインを務めるなら、その相手役は僕じゃないと、嫌なんです」

包み隠さず素直な気持ちを伝えた僕を前に、彼女は頬を染めた…―。

……

結局、○○は僕の願いを聞き入れ、オファーを受けてくれた。

(多少、強引に押し通してしまったかもしれないけれど……)

それでも、頷いてくれた彼女の為に、最大限のフォローをするつもりだった。

(運動以外のことなら、僕も彼女の役に立てることがあるはず)

初めての映画出演で戸惑う彼女をリードしながら、丁寧にレッスンを進めていった。

ジェラルド「そこはですね。もっと控えめに演技をした方が臨場感が増しますよ」

○○「私の演技、オーバーリアクション過ぎるんでしょうか?」

ため息まじりにつぶやいて、○○が台本へ視線を落とす。

何度演じても納得できない様子で、袋小路にはまってしまったらしい。

(僕も経験があるから、良くわかる……)

理想の演技ができず、思い悩むことは多い。

それでも、慣れない環境の中でベストを尽くそうとしてくれてる彼女の姿がいじらしく思えた。

(少しだけ……)

ジェラルド「ええと、たとえば指先はこう……」

彼女の背中から腕を回し、そっと華奢な指先に触れる。

○○「っ……!」

彼女の身体がびくりと反応し、見る間に首筋まで真っ赤に染まった。

(僕のことを、少しは意識してくれてる……?)

彼女の新鮮な反応を見て、心が甘く浮き立つ自分がいた。

ジェラルド「顎の向きはもっと下の方がいいです」

つい、もっと彼女のいろんな表情を見たくなってしまい……

演技指導の合間、ことあるごとに彼女に話しかけてしまう。

ジェラルド「声はここ、お腹を意識すると、もっと通りやすくなりますから」

○○「は、はい……」

彼女の細い腰に触れながら、そっと腹式呼吸を促す。

その瞬間、彼女の髪がふわりと甘く香って……

ジェラルド「っ……」

このまま、抱きしめてしまいたい衝動に駆られる。

(今は駄目だ……芝居に身が入らなくなる)

(でも……いつまで恋人役で満足できるだろう?)

彼女の傍にいるだけで、こんなにも想いが溢れてくるのに…―。

○○「こんな感じですか……?」

ジェラルド「うん……すごく良くなった」

(でも……まだ、離れたくない)

名残を惜しむように、もう一度彼女のぬくもりを確かめた…―。

……

……

そして、煌めく街の全景を捉えるシーンの撮影が始まった。

○○と二人、馬に乗って夜の街を散策する。

(こんな気持ちになるのは、どうしてだろうな……)

恋が始まる少し前の、もどかしいような胸のざわめきが僕の心を支配する。

スチル(ネタバレ注意)

ジェラルド「見てください。お嬢さん、あの夜景を……。 まるで僕達の出会いを歓迎しているようだ……」

僕に背中を預けてくれる○○の耳許で、そう甘く囁いた。

○○「はい、本当に美しいですね」

自然と心がこもれば、それは生きた台詞になる。

○○の恋人役を生きるのに、何の迷いもなかった。

(ただ、彼女を大切に想うだけで……)

今までにないほど、役に命が吹き込まれていく。

馬の手綱を操りながら、○○をしかと抱きかかえた。

心なしか、彼女も僕の胸にそっと寄り添ってくれている。

○○「……」

ジェラルド「……」

(この長すぎる間は、もしかして……)

軽く背を屈め、○○の耳許に唇を寄せる。

ジェラルド「……台詞」

すると、はっとしたように○○が顔を上げた。

○○「……! え、ええ、私が住んでいた所は、夜はもっと暗く怖かったわ」

(やっぱり、台詞が飛んでしまっていたんだ)

慌てる仕草も可愛らしく、思わず吹き出しそうになるのを堪える。

(大丈夫、ちゃんと芝居は続けられるよ)

密かに合図を送ると、彼女がほっとしたように微笑んだ。

ジェラルド「だけど、僕にはこんな夜景よりもあなたの方が美しく見える」

○○の肩を抱き寄せ、ゆっくりと顔を寄せていく…―。

ジェラルド「もっと傍に、これからも共にいられたらいいのに……」

息がかかるほど近くで、そう囁いた。

(台本にない台詞……○○はどう答えてくれる……?)

アドリブに慣れていない彼女を困らせるのを承知で、イタズラ心が湧きあがる。

(でも、もう抑えられない…―)

ジェラルド「ねえ、僕は聞きたいのです。あなたの唇から、あなたの気持ちを……。 ……○○」

たとえ役を降りた後も、彼女の耳に残るように。

密かな声で、愛しい人の名前を呼ぶと…―。

○○「ずっと、あなたの傍に…―」

彼女は瞳を潤ませながら、震える声で囁いた。

○○「……ジェリー……」

切なさを帯びた声が、僕の心を甘く溶かしていく。

(離さない……)

(もう、離せない……)

心に導かれるまま、彼女の甘い唇を幾度も求める。

エンドロールが流れても、この想いは決して消えることはない。

(抱きしめる度、もっとあなたを好きになる…―)

恋の熱に浮かされながら、二人だけのシーンが過ぎていくのだった…―。

 

おわり。

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