市場で倒れていた男の子を町医者の元へ運び届け、ひと息ついた頃…―。
気付けば頭上の空は、茜色に染まり始めていた。
町全体を優しく包み込む夕焼けを見上げて、ベウルさんは自分の両腰に手を当てた。
ベウル「すっかり遅くなっちゃったね。そろそろ、お城へ戻ろうか」
○○「はい」
ベウル「……さっきのことなんだけど」
歩きながら、背の高いベウルさんが私を見下ろす。
○○「さっき?」
ベウル「うん。励ましてくれて嬉しかった。一瞬、おれがしてきたこと、何の意味もなしていないような気がしたから……」
○○「……信じてあげてください、自分のことを」
ベウル「○○ちゃん……」
○○「市場での出来事は、悲しかったけど……ベウルさんの行動は素敵でした」
ベウル「そっか。ありがとう……」
ベウルさんは照れながら、大きな手で頭をかいた。
ベウル「アベルディアは国自体がまだ、あまり豊かじゃないんだ。そのせいで、あの子みたいに大変な思いをしている子どもが多くて……おれにも弟や妹がいるから、見ていてすごく辛い。でも近隣国との関係を改善すれば、貿易で利益を上げられるようになる。この国は、美味しい農作物には恵まれているから……獣人への偏見を取り払えれば、少しずつでも色んなことが、上手くいくようになるはずなんだ」
そう言って夕焼け空を見上げるベウルさんの横顔は、強い決意に満ちていた。
○○「私、応援してます」
ベウル「えっ?あ、えっと……うん。うぅ……」
○○「ベウルさん?」
振り返った彼の頬は、なぜか真っ赤に染まっていて……
ベウル「そんなかわいい笑顔を浮かべて、そんなかわいいこと言われると……どうしたらいいか、わかんなくなるよ」
ベウルさんの言葉を聞き、私も途端に恥ずかしくなる。
私達はお互いに意識して、城までの帰路、少し気まずい沈黙を作り出してしまった…―。
……
ベウルの弟「おかえりなさい、お兄ちゃん!」
ベウルの妹「この人が、お友達のお姫様?」
ベウルさんの城に着くなり、彼の兄弟と思しき子ども達が、嬉しそうに私達を取り囲んだ。
ベウルの妹「お姫様、わたしがお城を案内してあげる!」
妹さんが、かわいらしい笑みを浮かべながら私の手を取る。
ベウル「あっ、こらこら。○○ちゃんを困らせちゃダメだよ!」
ベウルの妹「はーい!」
妹さんはそう言うなり、私を城の奥へと引っ張っていく。
その後ろを、にこやかに笑うベウルさん達がついてきて……私達は皆で、楽しくお城めぐりをしたのだった。
……
すっかり懐かれてしまったのか、城の案内が終わりベウルさんの部屋で話している間も、ベウルさんの弟さん達は、私達の傍にぴったりとくっついて離れなかった。
ベウルの弟「お兄ちゃん、あれやって!ぶーんってするやつ!」
ベウルの妹「わたしもわたしも!」
ベウル「ああ、いいよ。ほら、こっちにおいで」
(ぶーんってするやつ……?)
不思議に思いながら見守っていると、ベウルさんの腕に兄弟達がつかまり……
ベウル「そーら、いくぞー!しっかりつかまってろよ~」
ベウルさんは腕を持ち上げ、その場でぐるぐると回っていた。
(ふふっ。弟さん達、すごく楽しそう。それにベウルさんも、とっても優しい笑顔で……)
面倒見の良い彼を穏やかな気持ちで見つめていた、その時……
執事「ベウル様。晩餐会の準備が整いました」
ベウル「おっ、ありがとう。それじゃあ皆、行こうか」
○○「晩餐会……?」
ベウル「ああ。ささやかだけど、きみのために用意させてもらったんだ」
ベウルの妹「お姫様、行こ?わたし、食堂まで案内してあげる!」
○○「あっ、うん。ありがとう」
(皆、本当に優しい人達だな……)
私はベウルさんの妹さんに手を引かれながら、あたたかい気持ちで食堂へと向かったのだった…―。