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ロッソ『ああ、あいつらとの思い出がたくさん詰まってるこの船は……。 姿こそないが、魂が乗船している。そいつを壊せば……。 今度こそ本当に、あいつらを見捨てたことになっちまう』
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ロッソさんの言葉が、何度も私の頭を過ぎる…―。
(ロッソさんは、ずっとこのままこの船で……?)
何度も繕われた後のある帆や、腐食してきている床……
それらを見ていると、複雑な気持ちが込み上げてくる。
(このままじゃ、いつかこの船は沈んで…―)
そう考え、さっと冷たいものが背筋に走った時…―。
ロッソ「なんだー? 深刻な顔しやがって。船旅にそんなしけた顔は似合わねえぞ」
〇〇「っ……!」
突然、耳に響いた明るい声に、びくりと体を震わせてしまう。
ロッソ「おい、やめろよ。幽霊でも出たようなその反応」
そう言いながら、ロッソさんがこつんと私の頭に何かを置いた。
触れてみると……
〇〇「……リンゴ?」
ロッソ「ああ、剥いてくれ。俺は、この海図を読むのに忙しいからな!」
ロッソさんは、大仰な仕草で大きな海図を広げて見せる。
〇〇「……? わかりました」
不思議に思いながらも、そのままナイフを滑らせていると……
ロッソ「おお! いいナイフ使いじゃねえか。どうだ? この海賊船の専属シェフにでもなるか? ああ……俺専属、でもいいぞ!?」
〇〇「っ……! も、もう、またからかってるんですか?」
ロッソ「くくっ……〇〇がしみったれた顔してっからだろ。 そのリンゴでも食って明るくなれ」
ぽん、と海図を放り投げて、ロッソさんはその場に寝転がる。
(励ましてくれたんだ……)
その心遣いが嬉しいのに、なぜだかきゅっと胸が苦しくなる。
(……言ってみよう)
〇〇「ロッソさん」
ロッソ「あー? リンゴなら口に放り込んでくれ」
〇〇「それもですが……この船のことです。 ロッソさんの仲間の人達も、こんなふうに船に縛られてほしいとは思っていないのでは…―」
ロッソ「だから、俺にあいつらを裏切って、船から降りろって?」
〇〇「っ……!」
突然、鋭くなった物言いに、びくりとしてロッソさんを見る。
深い哀しみに揺れる瞳が、私を映し出していた。
〇〇「……そうです。でも、裏切られただなんて誰も…―」
ロッソ「黙れ」
〇〇「っ……」
厳しい声音を発して、ロッソさんが立ち上がった。
ロッソ「その話はもう二度とするな。 俺はこの船を守り続ける。あいつらのためにも……」
〇〇「あ……」
ロッソさんは、悔しげに唇を噛みしめると、そのまま立ち去ってしまった…―。
…
……
その後も何度か、ロッソさんに話しかけようとしても…―。
〇〇「あの、ロッソさ…―」
ロッソ「……」
ロッソさんは、私を避けるようになってしまっていた。
…
……
(どうしたらいいんだろう)
潮風に当たりながら、広い海をただ見つめる。
(ロッソさんにとって、ずっとこの船のままでいることが幸せなのかな?)
そんなことを考えていると…―。
船員1「〇〇さん……」
振り返ると、船員の方達が揃っていた。
船員2「あの……船長を、なんとか説得してやってくれませんか」
〇〇「え……」
船員3「もちろん俺達だって、死んだ仲間のことを忘れるつもりはありません。でも……。 お頭、いつまでたっても悲しそうに笑うんです。それに船だってもう限界だ」
船員1「このままだと…―」
〇〇「皆さん……」
船員の方達が、ロッソさんを思う気持ちが伝わってくる。
(やっぱり……このままじゃ駄目だ)
船員1「お頭、頑固だけど……〇〇さんの話なら聞いてくれるかもしれません」
〇〇「わかりました……やってみます」
そうして私は、ロッソさんの部屋にやってきた。
〇〇「ロッソさん……お願いです。私の話を聞いてくれませんか」
心から真剣に、ロッソさんに訴えかける。
長く感じられる沈黙の時が流れ、やがて……
ロッソ「わかった。ふっ……そんな強い目を見たのは久々だ。 そういう目をする人間は、嫌いじゃねえよ」
〇〇「ロッソさん……!」
けれど、その時…―。
小雨だった雨脚が急に激しくなり、雷が激しく鳴り響いた…―。