第3話 海の旅

潮風が、頬をさらりと撫でる…―。

ロッソさんの船、バレナロッサ号での航海は予期せずに始まりを告げた。

どこまでも続く広大で美しい海原を、ぐんぐん風を切って進んで行く。

ロッソ「今日は風も最高だな」

(悲しそうな顔をしていたけれど……今はまた、楽しそう)

鼻歌でも歌い出しそうな横顔に、ひとまずほっと安心をする。

ロッソ「よし! そろそろ食料調達の時間だな。腹の虫もじき鳴き始める」

ロッソさんは軽快な声音で言うと、操舵席から離れて何やら準備を始めた。

〇〇「何をするんですか?」

ロッソ「言っただろ。食料を釣るんだ。 この船も今じゃ船員も少ねえし、王子でもあり船長でもある俺が、率先して調達しねえとな」

〇〇「そうなんですね。大変そう……」

ロッソ「なあに、どうってことねえ。 すぐに大物を釣り上げて、〇〇にも食わせてやるからな!」

意気込むロッソさんは、このボロボロな船とは対照的に、快活な笑みを見せた。

(最初は本当に幽霊だったらって思ったし、怖かったけど……)

(こうして見ると、明るくて素敵な人だな)

その後ロッソさんは、意気揚々と釣り竿を操って釣りを始めたのだった…―。

……

それからしばらく…―。

ロッソさんの垂らした釣り糸は、ぴくりとも動く気配を見せない。

ロッソ「んー……」

ロッソさんは竿を持ったまま空を見上げ、首をぐるりと回したかと思えば……

ロッソ「こりゃ今日は長期戦になりそうだな。ふて寝だ、ふて寝」

と、竿を立てて、甲板にごろりと寝転がってしまった。

ロッソ「〇〇も来い。ここで横になると気持ちいいぜ」

にっと笑いながら言うロッソさんに、私は……

〇〇「でも……」

横になることにためらってしまうと、ロッソさんはやや意地悪そうな顔で私を見た。

ロッソ「幽霊船の甲板も悪くないもんだぜ? うっかり寝てたところで、本当に幽霊が出たりはしねえから安心しろよ」

〇〇「……!」

愉しげに笑われてしまい、恥ずかしさに頬が少し熱くなる。

そんな気持ちを振り切るように、私は慌ててロッソさんの傍へ近寄った…―。

ロッソ「ほらここ。横になってみろよ。すげえ気持ちいいから」

〇〇「はい……」

ロッソさんと並んで、甲板の上に横になる。

(床、冷たい……でも、景色が一気に変わって……)

高い空と海、それに風にはためく帆ばかりが視界に入ってくる。

(気持ちいい……!)

ロッソ「こうしてるとな……いろんなことを思い出すよな」

〇〇「え……?」

ロッソ「昔はな、けっこう派手にやり合ったもんだ。この海の上で……」

〇〇「……悲しいことですか?」

その表情に胸のざわつきを覚えながら、問いかけると……

ロッソさんは、その時のことを思い出すように苦笑いをした。

ロッソ「さあ、どうだろうな」

それからロッソさんが、静かに語り始めてくれる。

ロッソ「昔の俺は、アンキュラの海で、他の海賊達と領土を巡って争っていたんだ」

〇〇「海賊……だったんですか?」

ロッソ「ああ、海賊の船長ロッソ様だ」

にっと少し悪い顔を作って、ロッソさんが私に笑いかけるけれど……

(どうして……)

少しだけおどけた様子にも、やっぱりどこか切なさを感じてしまう。

ロッソ「だけど今は……この船と、ドッグ代わりに使っている小島だけが、俺の領域だな。 今でもあいつらと喧嘩はする。けどまあ、本気じゃねえよ……。 別に、嫌いなわけでもねえ。ただの喧嘩だな、しょうもねえ……」

ロッソさんが、言葉を遠くへ置いてくるように静かにつぶやき……

潮風に吹かれながら、そっと目を閉じる。

ロッソ「まあ、あれだ。 ずっと海の上にいりゃあ、考える時間が腐るほど……いや、売るほどある。 だからこうしていろいろと考えちまうんだろうな」

〇〇「ロッソさん……」

ロッソ「〇〇は、バレナロッサ号の久々の客だ。 暇つぶしになるし、歓迎するぜ!」

〇〇「暇つぶし……!」

ロッソ「くくっ、そうだ、膝枕してくれよ。たまには人肌が恋しくなるってもんだ」

(……からかわれてる?)

屈託なく笑うロッソさんを、しばらくじっと見つめていたけれど……

ロッソ「……な、頼むよ」

〇〇「……」

どこか切なく、求められるような声でそう言われると、断ることができなかった。

身を起こすと、すかさずロッソさんは私の膝の上に頭を乗せた。

〇〇「っ……」

私の膝の上で、ロッソさんの髪がさらりと流れる。

ロッソ「うん、気持ちいいな」

満足そうに微笑む彼の顔が近くにあって、ドキリと鼓動が高鳴った。

そのまま、ロッソさんは幸せそうに目を閉じて……

ロッソ「~♪」

愉しげな彼の鼻歌は、夕焼けに染まった空に切なく響いたのだった…―。

 

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