煌牙様のために頑張って作ったおはぎを抱え、加持祈祷しているという森へ足を踏み入れた。
(あ……あそこに煌牙様が……)
煌牙「ひふみよいむなや……」
森の奥深くに篝火が焚かれており、その中心で煌牙様は、一心不乱に祈祷を行っていた。
煌牙様の前に社があり、すぐ傍に大きな井戸がある。
(もうどれくらい続けてるんだろう……汗もたくさんかいて……)
その姿があまりに神聖で尊く見え、とてもではないけれど話しかけられない。
私は持ってきたおはぎをそっと置き、しばらく待つことにした。
…
……
煌牙「きのえきのとひのえひのと……つちのえつちのと……ふるへゆらゆらかくいのりせば……」
それからどれくらいの時間が流れたのか……多くの従者の方達に見守られながら、加持祈祷は延々と続いている。
(もう……何時間も経ったような……)
ひどく心配になり、やや遠目ながらもそっと煌牙様の様子をうかがった。
すると……
(嘘……煌牙様、顔色が……)
紙のように白くなってしまった肌の色を見て、ざわりと総毛立った。
その時…―。
煌牙「ひきのやまの……」
どこかへ消え去るように、煌牙様の祝詞が途切れた。
そして次には……
従者1「煌牙様!」
従者2「大変だ!煌牙様が……!」
ゆっくりと時間をかけ、煌牙様が前のめりに倒れ込んでいく。
皆々が煌牙様の体を支え、すぐに抱き上げられた。
従者1「すぐに部屋へ……!」
くったりと真っ白な顔をして動かない煌牙様に付き添って、私も急いで一緒に部屋へ戻った。
従者の方にお願いをし、煌牙様が目を覚ますまでの看病をさせてもらえることになった。
(それにしても……こんなにまで無理をするなんて……)
呪いの解呪にはとても力を使うため、人の姿でやることではないのだと教えてもらった。
今私の目の前に横たわっているのは……
まさに人の姿ではなく、小さな狐の姿だけれど煌牙様であることに変わりはない。
(だけど、狐の姿になるとますます小さくて……儚げで……)
胸が締めつけられるように苦しくなる。
(どうか……目を覚まして……お願い……)
…
……
気がつけば、外は夕日に染まり、しとしと降る雨は、橙色に煌めいて見える時間となっていた。
○○「煌牙様……」
ふと、目覚めを待つ想いが声になる。
と、その時…―。
煌牙「ん……んん……」
○○「煌牙様……!」
獣の瞳が幾度か瞬きを繰り返し、やがてゆっくりと見開かれる。
いつもの瞳とは随分違うけれど、確かに煌牙様の愛らしさを宿した瞳が私を捉えた。
煌牙「ん……わしは……」
○○「祈祷中に、倒れられて……」
煌牙「そうか……それに……」
黒く艶やかな毛に包まれた体を、煌牙様が小さく震わせる。
煌牙「無理であったか。情けないのう……おぬしの前でこの姿になるのは嫌だったんじゃ……」
○○「……どうしてですか?」
しょんぼりとした様子で、布団の上でくるんと丸くなってしまった煌牙様は、ためらいがちに、つぶらな瞳を私へ向けてくれた。
煌牙「おぬしは、ほれまた……可愛いなどと言うじゃろう?」
○○「……!」
少しばかり拗ねた声音に聞こえる。
(確かに可愛いけれど……)
○○「だけど……人の姿での祈祷は大変なのだと伺いました」
煌牙「まあ、こうして更に小さくなってしまうのでな。困りものじゃ」
○○「……!」
その言い方に、不意に……笑いがこみ上げてきてしまった。
(こんな時なのに……!)
煌牙「っ! 失礼じゃぞ! 笑うなどとは」
○○「ご、ごめんなさい……! でも……あの、失礼を承知で……とても可愛らしいお姿が見られて、私……嬉しいです」
煌牙「……!」
私の言葉を間いた煌牙様の耳が、ぴんっと立ち上がる。
それからくるりと一つ回って、びょこんとお行儀良く座った。
(あ、この姿……座布団の上で正座をしている時と同じ)
それを思えば、ますます愛おしく可愛らしく見えてしまうから不思議だった。
煌牙「嬉しいとは……おぬし、変わっておるのう」
○○「変わってる……でしょうか? 抱っこしたいくらい可愛いことには変わりないです……あっ!」
それは禁句だったと慌てて口元を押さえたけれど……
煌牙「ふんっ……」
煌牙様はぴょんっと跳ねたかと思えば、そのまま小さく私の膝の上へ座った。
○○「……!」
(か、可愛い……)
煌牙「好きなだけ撫でるが良いぞ。わしは今、弱っておるでな。癒やしが必要じゃ!」
膝の上に乗った柔らかで可愛い煌牙様を見下ろす。
煌牙様は、つんとした様子でやはりお行儀よく私の上に座っている。
(本当に可愛い……触りたい)
いただいた許しのままに、私はおずおずとその黒く美しい毛並みに手を伸ばした。
○○「……! ふわふわですベすベ……」
その触り心地はこれまでに感じたことのないくらい心地のいいもので…ー
(どうしよう。ずっとこうして撫でていたい……)
煌牙「……おぬしの前では格好がつかんのう……残念じゃ……」
そう言いながら、煌牙様の体の力が次第に抜けていく。
○○「だけど煌牙様は、十分素敵です。そして……可愛らしいです」
煌牙「可愛い可愛いと、わしが弱っていると思って好き勝手言いよって。ふん、ついでにその煌牙様もやめるのじゃ。様なんぞもう……いらん」
(煌牙……さん?)
心の中でそっと呼んでみる。
煌牙「力が戻るまで……小休止……じゃ……」
うっとりと目を閉じてしまった煌牙さんを膝に抱きながら……
(私の方が、癒されてしまっているけど……)
せめて煌牙さんにひとときの癒しをあげたいと、そう願った…―。
おわり。