第4話 素顔の彼

窓の外で鐘が鳴る。

イラ「……本当にごめんね」

その音が合図になったように、イラさんが重い口を開いた。

イラ「僕の中には、いつも憤怒の炎が渦巻いているんだ。 自分が恐ろしいよ……。 だから、キミが恐ろしいと思うのも無理はない」

イラさんは、そう言って私から離れるように後ずさりをする。

イラ「もっと自分を律さなきゃね。 憤怒の一族……って、聞いただけで怖そうでしょ。 幼い頃から穏やかな人になろうと必死に律してきたんだけど……ダメだな、僕。 いろんなことが許せないんだ。世の中のいろいろな不条理を想像すると、憤怒に飲み込まれてしまう。 特に……大切な人に関することには抑えがきかなくて」

(イラさん……)

イラさんは、ぎゅっと自分の拳を握る。

その手が小さく震えていることに気がつき、私はイラさんの顔を見上げた。

(イラさん、苦しそう……)

(それに、ずいぶん疲れているみたい)

イラさんは、少し離れていただけなのに、げっそりと頬が痩せているように見える。

(そっか……怒るのって、疲れるよね)

(だから見てみぬふりをする人もいっぱいいるけど……イラさんは、それができない人なんだ)

イラ「ごめんね。僕といるの、怖いでしょ。 君に会いたくて、招待してしまったけど……誰かに送らせるね」

イラさんが合図をすると、護衛の方々が私にお辞儀をする。

イラさんが笑いながら私に手を振った時……言いようもない彼の寂しさが伝わってきた。

〇〇「イラさん……」

先ほどの恐怖はすでに遠くに感じられ、今はただ、彼の心の内が気にかかる。

〇〇「イラさんは、見てみぬ振りができないだけなんだと思います」

イラ「え……?」

イラさんは、心底不思議そうに私を見つめる。

その寂しげな瞳に胸が締めつけられて、口早に言葉を続けた。

〇〇「優しさって……いろんな形があるんじゃないでしょうか。 私、確かにさっきは怖かったけど……今はイラさんのこと怖くないです」

彼の震える拳にそっと手を重ねると、イラさんは手を引こうとする。

その手を引き止めて、彼の瞳を真っ直ぐに見つめた。

イラ「怖くない? 僕は放っておけばさっき本当に受刑者の口を縫いつけたよ」

(や、やっぱり本気だったんだ……)

〇〇「それは怖いですし、よくないと思いますけど……。 でも、私のために怒ってくれたんですし。 ……こうして、自分がしてしまったことに震えているイラさんは……怖くないですよ」

彼の瞳が、変なものでも見たように大きく見開かれる。

イラ「そんなことを言ってくれた人は、今までいなかった……。 皆、怯えるか、怯えていないふりをするかだった……。 ありがとう」

イラさんは、なんだか恥ずかしそうに目を伏せる。

(照れた顔……はじめて見た)

(なんだか……笑っていた時より、怒っていた時より、素顔のイラさんを見ている気がする)

初めて見る彼の顔に、胸が甘くときめく。

〇〇「一緒に帰りましょう。お城で少し休憩したいです」

イラ「……うん」

イラさんは、満面の笑みを浮かべた。

イラ「でも……本当に気をつけてね。怒った自分が何をするか、僕にもわからないから」

〇〇「わかりました」

イラ「うん、じゃ……帰ろう」

イラさんが、私と手を繋ごうとしてためらう。

その手を自分から引き寄せて、そっと繋いだ…-。

 

 

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