城から出ると、私達は森へと続く平原を歩く。
暖かい風が、緑色の絨毯の上を優しく撫でるように吹き抜けていった。
イリア「先ほどは失礼しました……」
〇〇「え……?」
ぽつりとつぶやくような声が聞こえ、私は隣を歩くイリアさんを見つめる。
イリア「出発前のことです。上手く説明できなくて……」
〇〇「いえ、私の方こそ。もし言いづらいことだったら言わなくても……」
イリア「そうじゃないんです!」
イリアさんは慌てて訂正すると、視線を彷徨わせた。
イリア「さっきはその……。 ……あの部屋でミヤが魔術の練習をしていたんです」
〇〇「ミヤさんが?」
イリア「今度の祭典ではミヤと私のそれぞれで魔術を披露するので、きっとそれの練習をしていたんでしょう」
〇〇「そうだったんですね」
(でも……それならどうして声をかけないんだろう?)
疑問が顔に出てしまったのか、彼は私を見て困ったように微笑んだ。
イリア「ミヤになんて声をかけていいのかわからなかったというか……話しかけづらいというか」
〇〇「話しかけづらい?」
イリア「ああ、仲が悪いというわけではありません! それは決してありませんよ!」
イリアさんは慌てたように言葉を付け足す。
彼の瞳があまりにも真剣な色を帯びていて、思わず笑みがこぼれた。
〇〇「わかってますよ」
イリア「本当ですか? ですが、いったいどうして……」
〇〇「イリアさん、昨日もミヤさんのことを話していましたから」
イリアさんの顔が赤く染まっていく。
それを隠すように、彼は眼鏡のフレームに触れた。
イリア「城でもあまり話すことがないので、一部の従者は私達が本当に仲が悪いと思っているようで……」
イリアさんの表情に少しだけ寂しさがにじむ。
(イリアさん……)
イリア「きっと練習しているところを私に知られるのは嫌だろうと思って声をかけられなくて。 かと言って、見てしまったのに何も声をかけないというのも変な気がして……」
(それでイリアさんはあそこで見つめていたんだ……)
(イリアさんらしいな……)
イリア「難しいものですね。こういう時どうしたらいいのか……そんなことで悩んでしまうなんて」
イリアさんは少し寂しそうに笑うと、空を見上げる。
彼の瞳が陽の光を受けて、淡い青色に輝く。
〇〇「先ほどみたいに、見守っていてあげたらいいと思います。 それだけでも、きっと嬉しいと思いますから」
イリア「見守る……そうですね、練習の邪魔をしたくありませんし」
イリアさんは何かに思いを巡らせるような顔をした後、ふっと微笑む。
イリア「でも、ミヤが頑張っているのを知って嬉しいんです。 私ももっと努力しなければと、力を貰った気がして」
〇〇「イリアさんとミヤさんは、いいライバルなんですね」
イリア「ライバル? ……そうかもしれませんね!」
初めて気づいたのか、彼は何度かまばたきをすると瞳を輝かせた。
イリア「ならば私はもっと頑張らなければ……! ミヤは本気を出せば、私よりすごい力を持っているんです。 だから私は、ミヤにもライバルだと思ってもらうためにも、もっと……」
(イリアさん、ミヤさんのことが本当に好きなんだ……)
イリアさんは晴れ晴れとした表情で空を見上げる。
(少し、羨ましいな……)
彼の端正な横顔に、私の胸に温かなものが溢れてきた…-。