月SS 愛の目覚め

夕陽に染まったレースのカーテンが風を含み揺れる。

○○の肩を抱いて歩きながら、俺は窓の外を見つめた。

(何だ、この気持ちは……)

先ほど汚らわしい盗賊に襲われたことに、俺は半ば感謝すらしていた。

なぜなら…ー。

(俺はずっと空虚だった)

(心が何かで満たされたことは一度もなかった)

(でも今は……)

○○の小さな肩が震えている。

(震えることはないんだ)

(二度とお前をそんなに怖がらせたりしないから)

盗賊を殴った右手の痛みが俺の心を昂らせる。

俺に心から頼りきっている彼女の様子に、心が満たされていった。

メイド「ハク様! ○○様! お召し物がそんなに汚れて……!」

使用人達が駈け寄ってくる。

執事「一体何があったのですか!?」

ハク「俺は今日、怒りを覚えたんだ。 怒りというのはいいな……この感情で、普段よりもずっと強くなれる気がする。 そうか、母もこんな気分だったのだな……ククッ」

(それで俺をあんなに殴ったのか?)

(母さん、あなたは寂しい人だったんだな)

しばし昔に思いを馳せふと気がつくと、○○が不安げに俺を見つめている。

ハク「どうした……?」

(何かが、またお前を怖がらせているのか?)

(それとも……)

不安に全身の血が沸き立っていく。

ハク「どこか、怪我をしたのか……?」

○○「大丈夫、です……」

その答えを聞いても確かめずにはいられず、彼女を抱きしめた。

○○「ハクさん……?」

ハク「お前が危ない目に遭うことが許せない……。 だから、これからは、いつでもお前を守る」

彼女の髪にそっと触れると、胸の中で生まれた激情が治まっていく。

ハク「これが……大切だということだろう? お前がそれを教えてくれたんだ」

彼女を抱く腕に力を入れる。

細い彼女の首筋にそっと唇を寄せた。

ハク「これが……好きということなのだろう?」

○○「え……」

ハク「そうだ……俺は、お前が好きだ。 お前は……?」

なぜだか鼓動が早まって、俺はゆっくりと息を吸う。

彼女の答えを聞きたいような、聞きたくないような……

ハク「○○……」

○○「ハクさん……今、どんな気持ちですか……?」

ハク「心が、満たされている。とてもいい気分だ」

(お前がこの腕を拒まないならば……)

俺はぎゅっと瞳を閉じる。

やがて、彼女の小さな手がそっと俺の手に重ねられた。

(そうだ……それでいい)

ほっと息をついたその時…ー。

風が吹いて、傍にあった花瓶が床に落ちる。

その音に彼女が身を固くした。

ハク「……執事!」

俺は花瓶を憎々しい思いで睨みつける。

執事「は、はい!」

ハク「城中の花瓶を始末するように」

執事「え……?」

それだけ言い捨てて、俺は彼女を抱き上げた。

○○「ハクさん……?」

戸惑う彼女に笑いかけ、俺は廊下を進む。

部屋の扉を閉めると、彼女をそっとソファに降ろした。

○○「あの……?」

瞬きを繰り返す彼女の姿に、愛おしさがこみ上げる。

(もう、大丈夫だ)

ソファに手をつき、彼女を見下ろした。

(その瞳……)

恥じらいと少しの恐怖が混じったような彼女の瞳は、俺の心に熱を植えつける。

艶やかな髪を耳に掛け、耳に唇を寄せて……

○○「……っ!」

彼女の身体がピクンと跳ねて、頬が染まっていく。

ハク「大きな音が怖かったのだろう? もう二度と、お前を怖がらせたくない。 いっそ、この耳ごと取ってしまおうか……」

耳にキスを落とし、首筋を辿って……細い鎖骨に辿りつくと、少しだけ歯を立てた。

○○「……っ。 ハク、さん……?」

突然のことに驚いたのだろうか。

彼女は少し怯えた顔をしている。

(何故だろう)

(お前が怯えるのは、気に食わない)

(だが、俺の腕の中で震えるお前は……)

少し震えている彼女の唇にそっと親指で触れた。

(なんて、”かわいい”んだろう)

彼女の瞳の中の俺が微笑む。

俺はその瞳の中に溺れていった…ー。

 

おわり

 

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