第5話 神渡りの儀式

―――――

凍哉『今度また、俺を笑わせるようなことをしたら……お仕置きだからね』

―――――

その翌日、ついに儀式の日になって…-。

凍った湖に立ち上る氷柱が、その先の祠へ導くように続いている。

(これが、『神渡りの儀式』……)

凍哉「……」

儀式に参列し、凍哉さんはさらに表情を硬くする。

(凍哉さん、大丈夫かな……)

国王「トロイメアの姫も、我らと共に祈りを捧げてもらえませぬか?」

凍哉さんと並んで立つと、巫女から杯に入ったお酒を手渡される。

神官「これは、湖の水を浴びる代わりの儀式です」

神官の説明を聞き、凍哉さんが眉間にしわを寄せる。

凍哉「……まずい」

(え……?)

ふと隣を見れば、硬い顔をした凍哉さんが小声でつぶやいた。

凍哉「酒を飲むと、笑い上戸になってしまうんだ」

(そ、それは大変……!)

〇〇「大丈夫です。凍哉さんは口をつけるだけで、後は私が……」

凍哉「え……?」

神官が後ろを向いたのを見計らい、私は凍哉さんの分も杯を一気飲みした。

凍哉「!」

〇〇「……っ!」

息を止めて飲み干したので、思わずしゃっくりが出てしまう。

神官「……はて、なんの音ですかな?」

慌てて口元を抑えるも、お神酒を一気飲みしたせいで、じわりと頬が火照り始めた。

凍哉「く……」

耐え切れず、凍哉さんが目尻に笑みを浮かべると……

瞬く間に足元の氷が溶けだし、水が染み始める。

(氷が溶けたら、祠に渡れなくなる……!)

〇〇「笑っちゃ駄目です。あと少しですから……!」

凍哉さんはこくこくと頷き、必死に口元を押さえて顔を背ける。

凍哉「やっぱり、君といると駄目だ……」

笑いをこらえながらも、どこか優しい声が届いた…-。

禊の後、神の道を渡って代々の王家が守る聖堂に入った。

神聖な静寂の中、儀式は厳かに進む。

凍哉「……」

聖堂の中でも、凍哉さんは笑いをこらえるように、顔を背けていた。

〇〇「凍哉さん、どうしたんですか?」

声をひそめ、隣の凍哉さんに問いかける。

凍哉「……あの神官、100年に一度の儀式であがってるみたいで、さっきから何度も台詞を噛んでる」

(凍哉さんってもしかして、本当は簡単に笑っちゃう人……!?)

〇〇「だ、だからって、笑っちゃ駄目です」

凍哉「あ、また噛んだ……」

(凍哉さん……!)

今度こそ笑いそうになった凍哉さんの袖を、慌ててぐいと引く。

〇〇「ここで笑ったら、今までの苦労が台無しになってしまいますよ?」

凍哉「うん……そうだね」

凍哉さんは居住まいを正し、静かに呼吸を整える。

(ああ、危なかった……)

儀式の間、私は凍哉さんが笑いそうになるたび。必死に止め続けたのだった…-。

……

その後、神渡りの儀式は無事に終了し……

国王「これで後の100年も、蓬莱に祝福がもたらされよう!」

皆が湖を渡り切り、大地に足を着けた、その後……

(つ、疲れた……)

凍哉さんを笑わせないよう気を張っていた私は、深い息を吐き出した。

すると……

凍哉「……ふふっ」

不意に、頬に凍哉さんの冷たい手が添えられ、顔を覗き込まれる。

〇〇「あ、あの……?」

ふっと彼の澄んだ目が細められると、微かに暖かなそよ風が吹いて……

凍哉「……ありがとう、〇〇」

柔らかな笑顔を見せられて、胸がトクンと音を立てる。

凍哉「けど……」

次の瞬間…―。

神官「は~っ……ヒヤヒヤした……」

神官さんの気の抜けた声が聞こえてきたかと思うと、凍哉さんが、こらえきれないように吹き出す。

凍哉「……駄目だ。ねえ、もういいよね……!」

すると……

雲間から陽光が射し込み、冷えていた指先から優しい光の粒に包まれる。

〇〇「暖かい……」

緩やかな春風と共に、雪原へ暖気が舞い込んでくる。

分厚い氷に割れ目が走り、澄み切った湖面が現れた…-。

 

 

<<第4話||太陽覚醒へ>>||月覚醒へ>>