第3話 笑えない理由

賑やかな春待ち宴から、一夜明け…-。

(凍哉さん、あれから体調はどうだろう?)

気になった私は、思い切って凍哉さんの部屋を訪ねた。

凍哉「……何?」

昨夜と変わらず、無愛想な面差しに出迎えられる。

〇〇「夕べ、あまり宴を楽しめてなかったようなので」

昨夜の凍哉さんは、一滴もお酒に口をつけず、盛り上がっていた踊りすら、目を閉じて見ようともしなかった。

〇〇「毎日寒いですし、体調を崩したりしていないかなって……」

心配して尋ねると、凍哉さんはためらうような視線をこちらへ流し……

凍哉「夕べの……」

〇〇「え?」

何かを思い出したかのように、凍哉さんが視線を彷徨わせる。

気を取り直すように一泊おいて、再び口を開いた。

凍哉「夕べ……転んだ時、怪我しなかった?」

素っ気ない物言いではあるけれど……

気にかけていてくれていたことがわかり、凍哉さんの優しさを感じて嬉しくなる。

〇〇「実は、まだ少し痛みが残ってて……」

凍哉「……派手に転んだもんね」

〇〇「でも大丈夫です。少し転んでしまっただけなので」

凍哉「……そう」

少しほっとした様子で、凍哉さんがつぶやいた。

〇〇「それよりも、夕べは凍哉さんの様子が気になっていたんです」

そう打ち明けると、凍哉さんはわずかに目を見張り、ふっと息を吐いた。

凍哉「……そんなに心配なら、一緒に来れば?」

防寒具を身にまとい、凍哉さんと共に雪原へとやって来た。

一面の雪景色ではあるものの、頬を撫でる風はどこか柔らかい。

〇〇「この辺りは、少し暖かいですね」

凍哉「春を司る、桜花の領と近いから」

(春の領と……そうなんだ)

〇〇「凍哉さん、あまり外にいない方が……体に障ってしまいます」

凍哉「……大丈夫だよ」

心配する私に、凍哉さんがほんのわずかに口元をほころばせる。

(凍哉さんが笑った……?)

その時……

柔らかな春のそよ風が、私の頬をふわりと撫でた。

(え……?)

ふと見れば、凍哉さんの足元の雪が解けだし、見る間に草が芽吹き始める。

〇〇「どうして……?」

(まるで、凍哉さんの周りにだけ、春が訪れたような……)

どこからか小鳥が飛んできて、凍哉さんの肩にと留まった。

凍哉「……」

小鳥を見つめる凍哉さんの瞳が、ふっと優しく細められる。

〇〇「凍哉さん、これは……」

私が声をかけた瞬間……

〇〇「……!」

凍哉さんの瞳が、凍てつく真冬の色を帯びた。

すると、周囲は再び冷たい寒気に包まれる。

凍哉「……」

凍哉さんの足元に霜が落ち、小鳥は慌てたように空へ飛び立つ。

(どういうこと?また寒くなって……)

凍哉さんの表情一つで、移ろう季節に驚く。

凍哉「これでわかった? 俺が少しでも笑えば、暖気を呼び込み、この国に春が訪れる。 でも、今年は100年に一度の儀式が行われるから……。 それまで俺は、決して笑うわけにはいかないんだ」

(楽しいことがあっても、笑ってはいけないなんて……)

〇〇「凍哉さん、笑えなくて辛くはないですか……?」

凍哉「……笑わなければいいだけだから、平気」

(口で言うのは簡単だけど、すごく難しいことなんじゃ……?)

凍哉「俺が笑えない理由は、これでわかった?」

〇〇「ええ、でも……どうして凍哉さんだけが?」

凍哉「さあね。蓬莱の王族は、不思議な力を持って生まれることもあるけれど……本当、厄介。 ああ、皆には内緒だよ。知ってるのは身内だけだから」

〇〇「はい……」

凍哉「わかったなら、君が心配することじゃない」

目も合わせぬまま、凍哉さんにぴしゃりと突き放されてしまう。

凛とした彼の横顔が、なんだか少し寂しそうに見えた…-。

 

 

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