夜の美術館には人はほとんどおらず、ひっそりと静まり返っていた。
一歩、足を踏み入れると、厳かな空気が私を包み込む。
(すごく綺麗)
広い回廊に飾られた美術品は、淡い光に包まれてその輪郭を浮かび上がらせていた。
(まるで、作品そのものが輝いているみたい)
作品を照らし出す光は、見る角度によってその輝きを変化させた。
ジェイ「今回の展示テーマは光と影なんだ」
見とれる私の肩に手を置き、ジェイさんが手前の絵画を指差す。
ジェイ「あの作品も、木陰で眠る少年に日差しと同じ角度で光が当てられるようになっている」
○○「本当ですね。とても、綺麗……」
青空の下、穏やかな表情で眠る少年の姿が、優しい昼下がりの時間を演出していた。
その絵画を見つめながら、ジェイさんは目を細める。
ジェイ「まぶしいな……」
○○「ジェイさん……?」
つぶやかれた言葉に顔を向けると、ジェイさんは苦笑しながら小さく首を振った。
ジェイ「ああ、そういう意味じゃないよ。この絵画の中に表現された光が美しくてね。 久々に光の当たる世界を見ることができたと思ったんだ」
○○「ジェイさん……」
隣に立ち絵画を眺めているジェイさんをそっと見やる。
ジェイ「君が生きている世界だね。とても美しい」
絵画を優しく見つめるジェイさんの瞳が、どうしようもなく切なくて…-。
○○「ジェイさんと一緒にいるこの時間だって、とても綺麗です」
ジェイ「○○ちゃん……」
○○「だって、ジェイさんがいつも見ている世界ですから」
そう告げる私に、ジェイさんは困ったように微笑んだ。
ジェイ「すまなかったね。そんなつもりじゃなかったんだ。 君と光の中を歩いているようで、嬉しいと思ったんだよ」
穏やかな声と共に、ジェイさんはそっと私の肩に腕を回す。
けれど、その表情はやっぱりどこか憂いを湛えていて……
ジェイ「中庭にも展示があるんだ。そっちにも行こう」
彼の心が知りたいと思うのに、私はただ肩に回された手の温もりを感じることしかできなかった…―。
ジェイさんに導かれ、中庭に出ると…―。
白い石膏で作られた彫刻が、夜の闇の中でぼんやりとその存在を主張している。
○○「素敵……なんだか、幻想的な光景ですね」
ジェイ「ああ。ライトアップして陰影を作り、彫刻の輪郭が浮き上がっているように見せているんだ」
○○「夜にしか見られない美しさですね……」
ジェイ「そうだね……」
切なく、響くような言葉に、私は息を呑む。
○○「もしかして、昼見た時はどんなだろうって、考えて……?」
思わず、そう聞いてしまっていた。
ジェイ「……驚いたな。君に当てられるなんて。 さっきからごめんね。本当に気にしないで」
○○「私が見て、ジェイさんにお話します」
ジェイ「君が、俺のところに来てくれるのかな?」
○○「はい、もちろんです」
驚いたような顔をしていたジェイさんの表情が、穏やかな笑みに変わる。
魅力的ながら優しい瞳が細められて、ドキリとするほど美しく見えた。
ジェイ「……楽しみにしてるよ」
そっと、私の頭を彼の大きな手が優しく撫でる。
ライトに照らし出された彫刻が、私達を見て微笑んでいるような気がした…―。
中庭から室内に戻り、光と影を演出する美術館をゆっくりと巡った。
ジェイ「これで最後かな……どうだった、楽しめたかな?」
○○「はい、とても! どれも素敵な絵ばかりで。 ジェイさんに解説していただいて、とてもわかりやすかったです」
美術館で味わった感動が冷めやらず、ジェイさんにお辞儀を添えてお礼を告げる。
○○「ジェイさん、ありがとうございます」
ジェイ「こちらこそ、付き合ってくれてありがとう……と、言いたいところだけど」
○○「?」
ジェイ「せっかく夜に君と出会えたんだ。このままで終わらせるのはもったいなくてね」
○○「ジェイさん……!」
どきどきと、胸が鼓動を刻み始める。
ジェイさんはそんな私を見て、わざとらしく襟を正した。
ジェイ「それじゃあ、せっかくだからもう一つ、付き合ってもらってもいいかな?」
ウインクするジェイさんに手を取られ、ホテルの最上階へ向かった…―。
連れてきてもらったのは、落ち着いた雰囲気のバーだった。
テーブルにあるキャンドルの灯がゆらめく中、ピアノの生演奏が心地よく耳に届く。
○○「……素敵なバーですね」
ジェイ「一流だと、一部の人に名の知れたバーテンダーがいる店でね」
近くにいたボーイに合図を送ると、こちらへ、と促された。
(随分と年輩の方が多い……私、場違いじゃないかな)
不安になる私の腰に、ジェイさんの腕が回される。
ジェイ「さ、こっちだよ……大丈夫」
安心させるように微笑まれ、ふっと体が軽くなる。
(不思議な人……)
私を守るように添えられた彼の手が、とても頼もしく思えた…―。