豪奢な調度品に彩られたホテルのロビーの中央で、私はジェイさんと向き合った。
○○「ジェイさん、もしかして今からお出掛けですか?」
品のいいジャケットを身にまとうジェイさんは、以前とは違う雰囲気を醸し出している。
けれど相変わらず穏やかな笑みに、気兼ねなく話をしていると……
ジェイ「ああ……俺は昼間出歩けないからね」
○○「あ……」
すっかり忘れていた事実に、私ははっと息を吞んだ。
(私……)
ジェイさんはハーフヴァンパイアで、太陽が昇っている間は活動できない。
(確か……親友のお父様に嚙まれてしまったって)
そのことを思い出し、弾んでいた胸が途端にきゅっと苦しくなった。
○○「すみません、私……」
目を伏せる私に、ジェイさんは笑って首を振った。
ジェイ「気にしなくていいよ。それより、これから時間あるかな?」
○○「はい、大丈夫ですが……」
ジェイ「せっかくだから、夜の街を俺にエスコートさせてよ」
ジェイ「え?」
ジェイ「まだまだ、今日は終わらないってね」
おどけるようにウインクをしながら、ジェイさんはもう一歩私に近づく。
ジェイ「それに、君にも夜の世界を楽しんでほしくて。 どうかな? 一緒に来てくれる?」
ジェイさんが、私にそっと手を差し伸べた。
(お誘いはもちろん嬉しいけれど、お邪魔になってしまわないかな)
ためらっていると、私の考えを見透かしたように、ジェイさんが苦笑した。
ジェイ「ほら、おいで」
○○「……はい」
昼の木漏れ日のように温かく笑いかけられ、自然とその手を取ってしまっていた。
ジェイさんの温もりが、触れた指先から伝わってくる。
ジェイ「それじゃあ、行こう。こっちだよ」
(ジェイさん過ごす夜……)
ジェイさんに導かれ、夜を歩き出す。
これから始まる時間が素敵なものになると、どこかでそう予感していた…―。
○○「ここは……?」
連れて来られた場所を、ぐるりと見回す。
ホテルの回廊には大小さまざまな彫刻が展示され、ほのかな明かりに照らされていた。
ジェイ「ここはね、美術館だよ」
○○「ここが、ですか?」
ジェイ「このホテルのオーナーが集めたコレクションが中心になっててね。特別展も開かれてるんだ。 今回の特別展は、ナイトミュージアムなんだよ」
○○「夜の美術館……」
(ホテルの中に美術館があって、しかも夜も見られるなんて……)
胸がわくわくと踊り出してしまう。
ジェイ「ああ、夜に開かれている美術館なんて滅多にないし、俺にぴったりだろ?」
―――――
ジェイ『ああ……俺は昼間出歩けないからね』
―――――
ジェイさんの言葉が、脳裏によぎる。
○○「……素敵な特別展ですね」
(ジェイさんも、この美術館なら楽しむことができるんだ)
以前に彼が、画家になりたかったと悲しげに言っていたことを思い出す。
ジェイ「じゃあ、付き合ってくれるかい?」
うかがうような瞳に、私はしっかりと頷く。
○○「もちろんです。ジェイさんが気に入るような絵があるといいですね!」
ジェイ「ああ……そうだね」
嬉しそうに目を細めたジェイさんを見ると、心に明るい灯がともるようだった…―。