ぼんやりと、意識だけが浮上する。
(あれ……私、今どうしてるんだろう?)
ふわふわと、どこか漂っているような感覚が私を包んでいた。
(浮いてる……? 私、運ばれてるの……?)
??「○○ちゃん……」
優しい声が、私の名前を呼ぶ。
(穏やかな声……これは、ジェイさんの……?)
薄い意識の中でジェイさんの存在を感じ、私はまた心地よいまどろみへと落ちていった…―。
…
……
(ん……)
まぶたの裏に光を感じ、私はゆっくりと目を開けた。
(ここ……どこ? 私、ジェイさんとバーにいたはずじゃ……?)
慌てて体を起こした時、ソファに寝かされていたことに気づいた。
(ここは……)
広い静かな部屋で、時計の秒針の音だけが聞こえてくる。
??「目が覚めたかい?」
声のする方へ視線を巡らせると、ジェイさんがグラスを持って私の方へ歩み寄ってきた。
ジェイ「ほら、これを飲んで。少しすっきりすると思うから」
○○「はい……」
手渡されたお水を飲みながら、酔いとは違う熱が頬に集まってくる。
(そうだ、私、酔いつぶれてしまって……)
恥ずかしさでいっぱいになり、顔をうつむかせてしまう。
ジェイ「……ここは、君の部屋だよ。 悪いけど、事情を説明して入らせてもらったんだ」
○○「あの……すみません。ジェイさんは、ちゃんと止めてくださってたのに……」
ジェイ「覚えてるんだね、眠ってしまう前のこと」
○○「はい……」
(穴があったら入りたい……)
くすりと笑いながら、ジェイさんは私の手からグラスを受け取った。
ジェイ「ちゃんと覚えているんなら、大丈夫だ」
子どもをあやすように、ジェイさんは優しく私の頭を撫でる。
ジェイ「今夜は楽しかったよ。一緒にいてくれてありがとう」
ベッドサイドのテーブルにグラスを置いた後、ジェイさんは私の隣に腰かけた。
○○「いえ……結局、迷惑をかけてしまって……」
ジェイ「そんなことはないさ。酔っていたとはいえ、もっと一緒にいたいと言われたのも嬉しかったしね。 だけど……」
ちらりと、ジェイさんが時計を見やる。
ジェイ「間もなく君の時間が始まる。俺はそろそろ帰るよ」
○○「……違うんです」
ジェイ「え?」
私の言葉に、ジェイさんは不思議そうに首を傾げる。
○○「違うんです……一緒にいたいって言ったのは、酔っていたからじゃありません。 ジェイさんとまだいたいって、本当にそう思って……」
うつむかせていた顔を、隣にいるジェイさんの方に向ける。
そんな私を、ジェイさんは驚いたように見つめていたけれど…―。
ジェイ「……駄目だよ」
困ったように、眉を寄せる。
ジェイ「夜の住人は……これ以上、光あるところにいてはいけない」
そう言って正面を向くと、ジェイさんは立ち上がった。
(待って……!)
窓辺に歩み寄るジェイさんの背中が闇に消えてしまいそうに見えて……
思わず、後ろからジェイさんに抱きついてしまっていた。
ジェイ「わっ……っと、○○ちゃん?」
驚いたような声が聞こえたけれど、それでも私は、背中から回した手をほどこうとは思わなかった。
(きっと困らせている……でも)
(離れないで)
ぎゅっと、回した手に力を込める。
ジェイ「……困ったな。そんなに必死にならなくてもいいのに」
○○「駄目です……ジェイさんが、行ってしまうから」
ジェイ「……」
しばらくの沈黙が訪れた後、ジェイさんはふっと息を吐いた。
ジェイ「わかったから、大丈夫。まだ夜は終わらないから」
○○「……」
ジェイ「ほら、見てごらん。夜空の星も、街の明かりも、綺麗に輝いている」
ジェイさんに促され、私は少しだけ顔を上げた。
彼の背中越しに、きらきらと輝く夜の世界が見える。
ジェイ「ね? 綺麗だろう?」
○○「はい……とても」
ジェイ「だから、まだ俺達の時間だ。君と一緒にいられるよ」
○○「それじゃあ、私の世界に……光の世界に帰れなんて、言いませんか?」
祈るように返事を待つ私の手を、ジェイさんがそっと解いた。
ジェイ「……言わないよ」
優しい声が降ってきた瞬間、ジェイさんが私の方に向き直る。
夜の世界に背中を向け、私とだけ向き合ってくれている…―。
ジェイ「まったく……君には驚かされるな。だけど……」
ジェイさんの逞しく、それでいて繊細な手のひらが私の頬を包み込む。
瞳を閉じると、柔らかな温もりが唇に触れた。
○○「ジェイさん……」
ジェイ「俺だって、君を離したくないって我慢していたんだ。 だから、今夜は君を離さないよ」
大きな腕が、私をしっかりと包み込む。
ゆっくりと染み込む温もりに、私はすべてを委ね、目を閉じた。
再び重なった唇は、ジェイさんが確かにここにいることを、私に伝えてくれていた…―。
おわり。