第2話 風のように駆ける

裏路地を進んだ先に着いた野原は、見渡す限り草花が咲き誇っている。

(街並みの先に野原があるなんて……)

キースさんはまっすぐ前を向き、黙々と歩き続けていた。

(キースさん、どこに向ってるんだろう)

〇〇「あの、これからどちらへ?」

キース「近くの牧場で二歳馬が見られると聞いてな」

〇〇「二歳馬……?」

キース「幼さの残る、未知数の馬達だ。丁度時間も余っていたしな」

〇〇「あの……私もご一緒してよろしいですか?」

キース「既についてきていると思うが」

〇〇「あ……」

キース「それに、もう目の前だ」

キースさんの視線をたどると、目の前には牧場が広がっていた。

そこでは、毛並みをつやつやと輝かせた馬が軽快に走り回っている。

〇〇「すごい……」

ゆっくりと近づくと、馬達のつぶらな瞳がいっせいにこちらに向けられた。

馬達が興味津々に私に近づき、私も緊張しながらも彼らの瞳を見つめ返す。

(かわいい……)

キース「気性の荒い馬もいる。気をつけろ」

蹄の音に顔を上げると、風が私の横を駆け抜ける。

顔を上げると、それは馬に乗ったキースさんだった。

〇〇「キースさん」

キースさんの表情は口元に笑みを浮かべ、凛と背筋を伸ばすその姿には威厳すら漂っている。

優雅に馬を乗りこなすキースさんに、思わず感嘆の声が漏れた。

〇〇「キースさん、すごいですね」

キース「何がだ」

〇〇「馬に乗る姿が、とても様になっていて……」

キース「何が言いたい」

〇〇「えっと……」

言葉を探している私の頬に、キースさんの乗っている馬の鼻がつんと触れた。

〇〇「……っ!」

馬を見ると、潤んだ瞳でじっと私を見つめている。

キース「ほう……お前のことが気に入ったらしい」

馬上のキースさんが、微かに笑った。

〇〇「え、わかるんですか?」

キース「ああ。お前も乗ってみたらどうだ」

〇〇「いえ、乗ったことないですし」

キース「……お前が一人で乗れるとは思っていない」

〇〇「え……」

キースさんは、自分の鞍の前を指さす。

キース「来い」

(キースさんの前に……?)

〇〇「……ありがとうございます。 あの、でも、振り落とされたりしないですよね?」

キース「俺が馬の扱いを心得てないと言いたいのか?」

〇〇「い、いえ」

キースさんの手が私に伸び、そっとその手に触れる。

恥ずかしくなり、私は慌ててうつむく。

〇〇「わっ!」

キースさんに手を引かれ、私はすとんと馬の背に引き上げられる。

彼は私を背後から包み込むように、座り直した。

(体が、近い……)

密着した体に、私の心臓はうるさいほど騒ぎ出していた。

キース「動くな」

耳元で、キースさんの低い声が響く。

〇〇「は、はい」

キースさんが手綱を引くと、滑るように馬が歩き始めた。

私の頬を、風が撫でていく。

馬上からの眺めは、さっきまでの景色とは全く違う。

(いい景色……)

キース「走る。下を噛むなよ」

〇〇「えっ」

その声と同時に、馬がなめらかに駆け出す。

(速い……!)

キース「しがみついていることだな」

飛ぶように過ぎていく景色よりも、耳元で響く声に私の胸は高鳴っていた…-。

……

素敵な時間は、あっという間に過ぎ去った。

〇〇「ありがとうございました。とても楽しかったです」

キース「ああ」

キースさんは、いつもより優しく微笑んでくれる。

(馬が好きなんだ……)

馬の鼻先を撫でるキースさんの横顔はとても愛おしげで、胸が小さく音を立てた。

〇〇「……」

キースさんを見つめていた時、どこからか歌声が聞こえてきた。

(歌……? 子どもの声)

辺りを見回すと、牧場の隣で合唱をしている少年達の姿が見えた。

〇〇「あれは……」

私のつぶやきに、馬の売り主が満面の笑みを向ける。

売り主「プリンスアワードのプレパーティで合唱を披露する少年達です。 いつもあそこで一生懸命練習しているんですよ」

〇〇「へえ……。 キースさん、少し見に行きませんか?」

キースさんの隣にそっと並んで、私も歩みを進める。

牧場に吹く風が、私達を優しく包んでくれた気がした…-。

 

 

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