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リオン『ねえ、○○、しばらくは忙しくて会えなくなっちゃうけど。 次に会う時はちゃんと立派な王子様になってるから、そしたらもう一度、会いに来て?』
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それから…―。
私がヴィラスティンを去り、季節が一つ巡ろうとしていた頃…―。
ある日、リオンくんから一通の招待状が届いた。
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リオン『あれからようやく王子の仕事にも慣れて、枯れていた花も元通りになったよ。 どうか、よかったらもう一度、僕の国を見に来てくれないかな?』
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手紙には一輪のタンポポが一緒に添えられていた。
(リオンくん……)
胸に暖かいものが込み上げてくる。
私はこうしてまたヴィラスティンの地を訪れることになった…―。
彼の治めるタンポポの一族の城は、前よりもどこか全体が落ち着いているようだった。
(これは……)
見れば、城のいたるところにタンポポの鉢植えが置かれている。
それらは皆、太陽の光を受けて元気に嬉しそうに咲いていて……
○○「あの、この鉢植えは?」
侍女「リオン様が、いつも皆が笑顔を絶やさないようにと、城の中を花で満たしてくれたんです」
○○「リオンくんが?」
すると、侍女さんは優しい微笑みを浮かべた。
侍女「ええ。さあどうぞ、リオン様はこちらにおられます」
侍女さんは、リオンくんの部屋の前まで来ると、静かにお辞儀をして去って行った。
(リオンくん、元気かな?)
久々の再会に、胸が高鳴る思いで扉を開けると…―。
リオンくんは机に向かい、何かの書類にじっと視線を向けていた。
その顔は前よりも、ずっと大人びていて……
○○「……」
思わず、私は声をかけることを忘れ、彼を見つめてしまった。
すると……
リオン「あれ? ○○? ○○なの!? 来てくれたんだね!!」
○○「あ……うん! 久しぶり、リオンくん」
私が声をかけると、難しい顔をしていた彼に、あの懐かしい太陽の笑みがこぼれた。
リオン「もう……リオンくんなんて、子どもっぽい呼び方、恥ずかしいよ。 リオンってそのまま呼んで?」
○○「え……えっと、リオン……?」
口にすると、なんだか胸がくすぐったくなる。
そんな私を見て、リオンがさらに笑みを深くした。
(笑い方まで、ちょっと大人になったみたい……)
可憐な姿の中にも、芯の強さが見えるその雰囲気は、天に向かってまっすぐに茎を伸ばすタンポポのようで……
○○「リオン、立派になったんだね」
リオン「うん……いつまでもお兄ちゃん達や弟達に迷惑かけられないしね」
はにかみ様子は愛らしいけど、手にはしっかりと書類を持っている。
リオン「ごめんね、もう少ししたら、今日のお仕事は終わると思うから、それまで自由にお城で過ごしててね」
○○「……うん」
精力的に仕事を進めるリオンを残して、私は部屋の外に出た…―。
…
……
リオンの公務が終わったのは、夕陽がすっかり空を染め上げた頃だった。
彼に呼ばれて、部屋に入ると……
(あれ……? リオン、どこだろう?)
部屋にリオンの姿がない。
その時どこからか、歌が聴こえてきた。
(この歌は……)
見ると窓が開いており、そこから歌声と共に優しい香りが漂ってくる。
○○「リオン?」
名前を呼びながら彼に近づくと…―。
彼は、バルコニーの縁に腰かけ、ぼうっと橙色に染め上げられた空を仰いでいた。
優しげな鼻歌を口ずさんでいるけれど、その響きはどこか切ない。
リオン「○○……」
彼はバルコニーの下に広がるヴィラスティンの街を、じっと見つめていた。
リオンくんの周りには、夕陽の輝きに照らされたシャボン玉がいくつも舞っている。
リオン「……いい香りでしょう? こうしてシャボンにすると、かわいいし」
その瞳が寂しげに揺れると、私の胸が微かに軋んだ。
そして…―。
リオン「時々、まだ憧れるんだ……。 自由で、気ままで……何にも縛られることのない生活に」
リオンがそっと瞳を閉じる。
○○「リオン……」
つぶやくように紡がれるその言葉に、私は以前リオンと話したことを思い出した。
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リオン『僕、お兄ちゃん達や弟達に王子様の地位を譲って、自由気ままに旅に出たい……。 もっと外の世界のことだって、いっぱい知りたいよ……!』
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自由への憧れが込められた、彼の切実な願い……
○○「……」
何も言えずに、そっとリオンに歩み寄ると……
リオン「でも、僕は王子様だから……」
彼はくすりと笑って、私の方へ振り向いた。
不意に見せたその顔は、落ち着いた大人びたものだけれど……
どこか寂しさを秘めているようで……私の胸は切なく高鳴った。
リオン「ねえ、君には今の僕ってどう見える?」
○○「うん……すごく大人びてて……素敵だよ」
素直にそう答えて、彼の隣に腰を下ろす。
リオン「……ありがとう」
リオンの小さな手が、私の手に重なった。
力の入ったその手には、彼の決意が込められているようで……
○○「……」
私もそれに応えたくて、ぎゅっと彼の手を握り返した。
リオンが作ったシャボン玉が、バルコニーを出て空へと流れていく。
そのシャボン玉に映るヴィラスティンの街並みは、夕陽に美しく燃えていた…―。
おわり。