部屋に戻ってきたマーチアはすぐにティーカップの様子に気が付いた。
マーチア「あれ? あれあれあれ? なんかこのカップ新品みたいにピカピカになってない?」
ティーカップを手に取って確かめた後、金色の瞳を不思議そうに私に向ける。
マーチア「これ、君が?」
〇〇「うん。おじい様の大切なものだと言ってたから」
マーチア「へえ……」
マーチアは綺麗になったカップを、大切そうに手の中で回す。
そして彼は珍しく感じ入ったふうに、落ち着いた声を紡いだ。
マーチア「このカップ、こんなに綺麗だったんだ……。 君、すごいね! オレの知ってる女の子達は、こんなこと誰もしてくれなかったよ」
〇〇「え?」
(洗っただけだけど……)
マーチア「彼女達、遊びには付き合ってくれるけど。こういう気遣いみたいなのは、初めてだね」
感心したように、マーチアは私を見て頷く。
マーチア「普通ってのも取り得のひとつなんだね……知らなかった。君にこんな魅力があったなんて」
〇〇「お、大袈裟じゃないかな」
私が聞き返すと、彼は首を横に振る。
その動きに合わせて、垂れた耳も一緒に揺れ動いた。
マーチア「大袈裟じゃないよ。驚いちゃった! ありがとう!!」
〇〇「いえ、どういたしまして」
マーチアはにっこりと笑うと、ティーカップを掲げて見惚れたように瞳を輝かせた。
マーチア「ちょうどお茶の時間だし……磨いてくれたお礼に、今日は一緒に中庭でお茶会をしよう! 君の好きなお菓子、なんでもオレが用意してあげる、三時になったら中庭に来てね」
そう言って、彼はまるで踊るようなステップを踏みながら部屋を出て行った。
(喜んでくれてよかった)
マーチアの嬉しそうな笑顔を思い出して、心がなんだかくすぐったかった…―。
…
……
約束の時間になりいつもの中庭に行くと、私の姿を見つけてマーチアが駆け寄ってきた。
マーチア「さ、君の席はここ。オレは君の向かい。空いた席には誰か呼びたいところだけど……。 せっかくの君との時間をジャマされたくないから、こいつらでも置いておこう」
空席に、まるで本物のようなウサギのぬいぐるみを並べて、マーチアはしたり顔で笑う。
テーブルの上には、見た目からして美味しそうな焼き菓子やケーキが幾つも並んでいた。
マーチア「紅茶は何がいい? ダージリン? それともアッサム?」
〇〇「じゃあ、ダージリンで」
マーチア「はい、はーい」
彼はポットから琥珀色の液体をカップに注いで、私の目の前に差し出した。
〇〇「あ……」
差し出されたカップは、おじい様が大切にしていたあのアリスが使ったというカップだった。
(これって……)
〇〇「私が使ってもいいの? 大切なものじゃ……」
すると私の前の席に腰かけた彼は、手を組ながらにっこりと微笑んだ…―。