月最終話 切なる願い

静寂に包まれたフォルカーさんの部屋で、私はルビの様子に注意を払いながら過ごしていた。

(フォルカーさん……まだかな)

けれど、とうとうフォルカーさんは夜になっても部屋に戻らないままだった。

(ルビ……少し落ちついたみたい。良かった)

時折、ルビがケージの中で餌を食む音を聞きながら、いつしかまどろみに落ちていった…―。

……

??「……〇〇?」

〇〇「ん……」

誰かに体を揺すられて、ゆっくりとまぶたを開けると…―。

フォルカー「〇〇……」

疲れ切った顔をしたフォルカーさんが、気遣わしげな瞳を私に向けていた。

フォルカー「こんな所で……風邪を引いてしまうぞ」

〇〇「! フォルカーさん……!」

(私……眠りこんでしまって)

私の肩に乗せられたままの彼の手が、やけに熱い。

フォルカー「……ルビを、みていてくれたのか?」

フォルカーさんが驚いた顔をして、私を見ている。

〇〇「はい……勝手にすみません」

フォルカー「いや……」

〇〇「あ、フォルカーさん……!」

立ち上がろうとしたフォルカーさんがふらりと倒れそうになり、私は慌ててその体を支えた。

〇〇「……っ!」

けれど重みに耐えきれず、フォルカーさんと一緒にぐらりとバランスを崩してしまう。

フォルカー「!」

私を庇うように抱き寄せ、彼はそのまま床にくずおれてしまった。

フォルカー「……すまない」

〇〇「いいえ、少し休んだほうがいいですね」

フォルカー「ああ、そうだな」

フォルカーさんを支えたままベッドへ行き体を横たえ、そっと彼の傍にルビを連れてきてあげた。

フォルカー「……ルビ」

フォルカーさんが、愛おしそうに目を細め、優しい手つきでルビを撫でる。

(フォルカーさんはルビくんを大切に思ってるんだ……)

(だけど、仕事に追いやられて)

〇〇「お仕事は、少し落ち着きましたか?」

差し出がましいと知りつつも問いかけると、フォルカーさんは切なげに微苦笑をこぼした。

フォルカー「……問題は解決した。だが……ミスの穴埋めをしただけだ。 根本的な問題……人間関係はどうにもならない。俺の力では……」

―――――

事務官1『取り付くしまも無いって感じだな』

事務官2『ああ。ちょっと焦り過ぎじゃ……』

――――

(確かに、皆さんすごく神経質になってるようだった……)

(フォルカーさんが悪いわけじゃないけれど、あまり良い雰囲気ではないかもしれない)

フォルカー「〇〇、知っているか? ウサギは……寂しいと死んでしまうということを」

〇〇「……?」

何と言えば良いのか悩んでいると、フォルカーさんが静かに切り出した。

ルビくんを撫でながら、優しく悲しげに目を細めている。

フォルカー「だがそれは嘘で……本当は、病気にかかっても隠してしまうということらしい。 しかし、多少なりとも寂しいという感情はあるんじゃないだろうか。 心なしか……ルビが冷たい気がする」

〇〇「フォルカーさん……」

その眼差しがひどく悲しくて、切なさがこみ上げる。

〇〇「……寂しいのは、ルビくんだけじゃないです。 フォルカーさんも、すごく寂しそうです……」

フォルカー「……!」

気がつけば、私はフォルカーさんの髪を撫でていた。

(一人だけで頑張るなんて)

〇〇「本当は、フォルカーさんのやりたいこと、気持ち、わかってくれる人もいるはずなのに。 どうしていつも、一人で肩肘を張って……」

フォルカー「……仕事なんだ」

〇〇「だからって……こんなに寂しくて辛い思いをしなくてもいいはずです。 どうして……」

フォルカー「それは……」

フォルカーさんは、言葉を呑み込むように静寂を作った後…―。

スチル(ネタバレ注意)

〇〇「……!」

私の体を引き寄せ、ベッドに抱き込んだ。

(フォルカーさん……)

長い腕がしっかりと私の体を包み込み、彼の顔が私の首筋へ埋められる。

甘えるようにしがみついて……フォルカーさんは今にも泣き出しそうな声を出した。

フォルカー「〇〇だけは、俺の敵にならないでくれるか……?」

〇〇「敵だなんて……」

フォルカー「誰にも迷惑をかけるわけにはいかない。自分で招いた事態は、自分で収めなければならない。 そう思って……なのに、皆は離れていくばかりで」

(フォルカーさん……)

いたたまれない気持ちが込み上げて、ぎゅっと、すがるように彼の首に手を回す。

フォルカー「帰ってきて、お前がいて嬉しかったんだ。 ルビには俺がいるように、俺の傍にもお前がいてくれれば……。 仕事から戻ればいつも、お前の傍にいたい。ここにいてくれ……ずっと」

フォルカーさんの抱き締める腕の力が、身体がきしみそうなくらい強くなる。

その強さと、痛切な声の響きに、気がつけば私はしっかりと頷いていた。

かすかに震える、彼の腕の中で…―。

 

 

おわり。

 

 

<<月7話||月SS>>