従者さんはひどく慌てた様子で、転がるように部屋へ駈け込んできた。
従者「王子、これをご覧ください……!」
従者さんが持ってきたのは、一枚の号外だった。
ミリオン「!」
見出しを目にしたとたん、ミリオンくんの表情がにわかに固くなる。
(これは……)
「――シンセア国の美しき王子ミリオン……笑顔の裏に隠した黒い疑惑」
号外には、ミリオンくんの外交政治について、悪意に満ちた記事が綴られていた。
従者「何者かによって、この記事が国中に配られています……!」
ミリオン「ここまで具体的に情報をリークするってことは……。 司法の場でも勝てるよう、ちゃんと証拠もでっちあげてるってことだろうね」
慌てる従者さんに向かって、ミリオンくんが冷静に告げた。
従者「ミリオン様……それでは、お認めになるのですか!?」
ミリオン「こんな時は、言い訳をするほど泥沼にはまるんだよ。 今まで通り、僕はやるべき公務に取り組むだけだ」
従者「……」
(大丈夫なの……?)
思わずミリオンくんを見つめてしまうと、彼は深いため息を吐いた。
ミリオン「……あーあ、油断した。お前に構い過ぎたかな」
〇〇「え……」
ミリオン「こんなこと何でもない。お前が気にすることは何もないんだ。 いいね?」
彼は両手を腰に当てながら、私に念を押すようにそう言った…-。
…
……
それから、瞬く間に数日が過ぎていった。
時間を見つけては街へ視察に行き、民の声に耳を傾けていたミリオンくんだったけれど……
ミリオン「この書類、回しておいてくれ」
従者「……かしこまりました。メスキナ国の大使より、謁見の依頼が来ておりますが……」
ミリオン「ああ。今は、都合がつかないと」
ミリオンくんは誰にも会おうとせず、城で働く人達とさえ、どこか距離を取り始めていた。
従者「では、そのように書状をお送りしておきます……」
ミリオンくんの下で働くことを、心から喜んでいた家臣達は、まるで腫れ物に触れるように、戸惑いながらミリオンくんと接していた。
(このままじゃ、皆があの記事をうのみにして、ミリオンくんから心が離れてしまう……)
〇〇「ミリオンくん……」
ミリオン「……何?」
書類に目を落としたまま、ミリオンくんがぶっきらぼうに答える。
〇〇「お茶を淹れたから……冷めないうちに少し休んで?」
お皿にクッキーを添えて、そっと机の上に置く。
ミリオン「……ああ」
ミリオンくんは顔を上げず、粛々と一人で仕事に取り掛かるのだった。
〇〇「……ミリオンくん。皆さんに、きちんと話しませんか?」
ミリオン「話? 必要ないよ。言っただろう、言い訳をする方が泥沼にはまるって」
〇〇「でも……このままじゃ、状況が悪くなって……」
ミリオン「だから大丈夫だって。こんなこと、今までだって何度もあったんだ。 ほとぼりが冷めれば収まる。 それより…-」
〇〇「え……」
気づいた時には、ミリオンくんに手を掴まれていた。
ミリオン「……」
〇〇「ミリオンくん……?」
今まで何を言っても揺るがなかったミリオンくんの瞳が、少し不安の色を帯びている。
ミリオン「……いや。何でもない。 この状況じゃ、逆にお前の立場を悪くする可能性がある。今はなるべく部屋にいろ」
〇〇「……? はい……」
…
……
王子の笑顔が消えたシンセアは、経済的にも下降の一途を辿り…-。
閉塞感が漂う中、人々の心に国への不信が生まれ始めていた。
従者「〇〇様宛てに、お手紙が届いております」
〇〇「……私に?ありがとうございます」
差出人の名はなく、不思議に思いながら封を開くと…-。
「――ミリオン王子の黒い噂について、訂正記事を書いてほしくば、一人でこの場所へ来い……」
(まさか……あの記事をリークした人からの手紙?)
私は手紙をもう一度読み返し、その内容に確信を抱く。
(ミリオンくんが、すべてを賭けて守ってきたこの国が……。 このまま傾いていくのを見るのは、どうしても嫌……!)
私は約束通り、書面にあった場所へ一人で向かうことにした…-。