静かな室内で、微かに彼の衣擦れの音が聞こえる。
(やっぱり……フロストさんの前にいると、少し緊張する……)
窓の外の雪を眺める彼に、恐る恐る話しかけた。
○○「……どうぞ」
仲居さんが持ってきてくれた杯を、フロストさんに手渡す。
フロスト「ああ」
杯に、わずかに温かなお屠蘇を注ぐと、フロストさんはそれを一気に飲み干した。
フロスト「ほう、変わった酒だが、美味い」
(よかった)
(お酒も清酒みたいだし……何だか、懐かしいな)
ぼうっと彼の手元を眺めていると、目の前に杯を差し出される。
フロスト「ほら、お前にも注いでやろう」
○○「い、いえ、私は」
(酔っ払ってしまったら迷惑をかけるし)
フロスト「形だけ口をつけるだけで、飲まなくてもいい。そういう風習なのだろう? 返杯……と言ったか」
彼にそう言われると、それが理であるかのように思えてくる。
○○「じゃあ」
手を伸ばし、杯を受け取った。
形だけのつもりだったけれど、良い香りに誘われるように口をつけ、一気に飲み干してしまう。
○○「……温まりますね」
顔を上げると、フロストさんが私の頬をそっと撫でた。
○○「……っ」
フロスト「飲まなくても良いと言ったものを。 お前、気分が悪くなりはしないか?」
頬を撫でる優しい指先と労わるような声に、胸がトクンと音を立てる。
胸がドキドキして返事をできずにいると、フロストさんに首の後ろを引き寄せられる。
フロスト「……返事をしろ」
私は、返事の代わりに何とか頷いてみせた。
やがて私を解放すると、フロストさんは私の手から杯を取り上げる。
フロスト「お前は酒が弱いのだな。頬がすぐに染まる」
そう言われて、頬が熱いことに初めて気がついた。
(お酒が原因じゃないと思うんだけど……)
胸に手を当て鼓動を整えていると、フロストさんが余裕たっぷりに私を見下ろす。
(きっと、そんなこと、わかってるんだ)
恥ずかしくて、益々鼓動が乱れる。
フロスト「返杯……か。なかなか典雅な風習だ。我が国でも取り入れよう。 初めてだな。こんなに穏やかな新年を過ごしたのは」
しばらく私を見つめていたフロストさんが、ふと思い出したように言った。
○○「そうなんですか……?」
フロスト「いつもは城で公務に追われている。挨拶だ何だと、部屋でゆっくり座った記憶もない」
(そうなんだ……)
フロスト「弟達はうまくやっているだろうか」
フロストさんは疲れているのか、そう言うと目を閉じてしまう。
(穏やかな新年……)
(私も、少し前までそれが当たり前だと思ってた)
元いた世界のお正月を思い出し、今更ながら素敵な日々だったと思う。
(フロストさんに、穏やかなお正月を楽しんでもらおう)
(気に入ってもらえるといいな……)
彼の肩にそっと毛布を掛ける。
うららかな朝日を浴びながら、胸いっぱいに息を吸った…―。