第2話 穏やかな新年

静かな室内で、微かに彼の衣擦れの音が聞こえる。

(やっぱり……フロストさんの前にいると、少し緊張する……)

窓の外の雪を眺める彼に、恐る恐る話しかけた。

○○「……どうぞ」

仲居さんが持ってきてくれた杯を、フロストさんに手渡す。

フロスト「ああ」

杯に、わずかに温かなお屠蘇を注ぐと、フロストさんはそれを一気に飲み干した。

フロスト「ほう、変わった酒だが、美味い」

(よかった)

(お酒も清酒みたいだし……何だか、懐かしいな)

ぼうっと彼の手元を眺めていると、目の前に杯を差し出される。

フロスト「ほら、お前にも注いでやろう」

○○「い、いえ、私は」

(酔っ払ってしまったら迷惑をかけるし)

フロスト「形だけ口をつけるだけで、飲まなくてもいい。そういう風習なのだろう? 返杯……と言ったか」

彼にそう言われると、それが理であるかのように思えてくる。

○○「じゃあ」

手を伸ばし、杯を受け取った。

形だけのつもりだったけれど、良い香りに誘われるように口をつけ、一気に飲み干してしまう。

○○「……温まりますね」

顔を上げると、フロストさんが私の頬をそっと撫でた。

○○「……っ」

フロスト「飲まなくても良いと言ったものを。 お前、気分が悪くなりはしないか?」

頬を撫でる優しい指先と労わるような声に、胸がトクンと音を立てる。

胸がドキドキして返事をできずにいると、フロストさんに首の後ろを引き寄せられる。

フロスト「……返事をしろ」

私は、返事の代わりに何とか頷いてみせた。

やがて私を解放すると、フロストさんは私の手から杯を取り上げる。

フロスト「お前は酒が弱いのだな。頬がすぐに染まる」

そう言われて、頬が熱いことに初めて気がついた。

(お酒が原因じゃないと思うんだけど……)

胸に手を当て鼓動を整えていると、フロストさんが余裕たっぷりに私を見下ろす。

(きっと、そんなこと、わかってるんだ)

恥ずかしくて、益々鼓動が乱れる。

フロスト「返杯……か。なかなか典雅な風習だ。我が国でも取り入れよう。 初めてだな。こんなに穏やかな新年を過ごしたのは」

しばらく私を見つめていたフロストさんが、ふと思い出したように言った。

○○「そうなんですか……?」

フロスト「いつもは城で公務に追われている。挨拶だ何だと、部屋でゆっくり座った記憶もない」

(そうなんだ……)

フロスト「弟達はうまくやっているだろうか」

フロストさんは疲れているのか、そう言うと目を閉じてしまう。

(穏やかな新年……)

(私も、少し前までそれが当たり前だと思ってた)

元いた世界のお正月を思い出し、今更ながら素敵な日々だったと思う。

(フロストさんに、穏やかなお正月を楽しんでもらおう)

(気に入ってもらえるといいな……)

彼の肩にそっと毛布を掛ける。

うららかな朝日を浴びながら、胸いっぱいに息を吸った…―。

 

 

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