月SS 胸搔き乱すもの

雨が窓を叩く朝・・・―。

俺は、眠る○○の傍に佇んでいた。

(まだ、目覚めないのか・・・・・・)

昨日俺を迎えに街へやってきた○○は、降りしきる雨に打たれ、熱を出したようだった。

(雨の中傘を届けにくるなど・・・・・・馬鹿な奴だ)

微かに開かれた唇から、苦しそうな息が漏れる。

キース「・・・・・・」

そっと額に手を載せると、○○はかすかにまぶたを震わせた。

キース「熱い・・・・・・」

触れた指先に感じた熱さが、ひどく俺の胸を苛立たせる。

キース「医師!」

医師「王子、ここに」

廊下に控えていたのだろう。医師があわてて部屋へ飛び込んできた。

キース「熱が一向に下がらないのは何故だ」

医師「お疲れがたまっていたのではないでしょうか」

キース「気に入らんな。今すぐ下げろ」

医師「そう言われましても・・・・・・」

無理なことを言っているのはわかっていた。

だが、○○の苦しげな顔を見ていると、自分と医師の無力さに腹が立つ。

(早くいつものようい、うろちょろと歩きまわったらどうなんだ・・・・・!)

医師「王子もお休みになっては?私が見ていますから」

医師が気遣わしげに俺の顔を覗き込む。

キース「・・・・・・いや、いい」

手を払い医師に退出を命じると、俺は○○の枕辺に腰をかけた。

キース「……苦しいのか」

彼女の首筋に汗がにじんでいる。

傍に置いてあった柔らかな布で、首筋をそっとぬぐった。

○○「ん……」

○○の熱い指が、俺の手に絡みつく。

キース「……なんだ」

(……水が欲しいのか?)

○○に握られた手を引こうとすると、彼女の指に力が込められた。

キース「……仕様のない奴だ」

そう言った俺の顔は、恐らく微笑んでいる。

力なくすがるその指を愛おしく思った。

(俺が前に熱を出したのは……)

ふと、幼い日の記憶が蘇る。

苦い粉薬。姉の穏やかな横顔。冷たい手のひら。優しい歌声…ー。

キース「……」

そっと息を吸い、懐かしい旋律をたどる。

かつて姉が俺に歌ってくれた子守唄が、○○の眠りを優しく包むといい…ー。

そんなことを思う自分に、戸惑いを感じながら。

・・・

・・・・・・

どれくらい、時がたったのだろう・・・―。

穏やかな雨音は止まないままに、間もなく昼時を過ぎようとしていた。

○○「ん・・・・・・」

○○がゆっくりとまつ毛を上げる。

キース「気がついたか」

○○「キースさん・・・・・・っ」

あわてて起き上がろうとする○○の肩を、そっと押さえた。

キース「寝ていろ。今水を用意する」

(声がうわずったな・・・・・・何をろたえているんだ、俺は)

つとめて冷静な声を出そうとする。

キース「熱を出して、丸一日眠っていた」

○○「すみません・・・・・・!」

キース「謝るな」

(悪いのは俺だ)

無意識に抱き寄せようと手を伸ばしかけて、あわててその手を額に乗せた。

キース「・・・・・・少し、下がったな」

(何をしようとしたんだ、俺は・・・・・・)

○○が、熱に頬を上気させて俺を見つめる。

その微笑みに、何故だか胸が跳ねたような・・・―。

○○「ありがとうございます」

窓を叩く雨音が、もっと強まればいい・・・・・・

そんなことを、俺らしくもなく願っていた。

 

 

おわり。

 

 

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