月SS 恋の天秤

澄み切った青空の下…―。

オレは○○と羽子板勝負をしていた。

アインツ「行くぞ! ○○!」

○○「はい……!」

神聖な空気の中、羽根を叩く音が響く。

アインツ「なかなか楽しいな! 弾ける汗! みなぎる血潮! 寒い時期の運動とはいいものだ! そうだろう? ○○!」

(つい勝負だと言ってしまったが、今はそれでよかった!)

(スポーツで汗をかくのは気持ちいい!)

(それに……)

オレは決めていた。

この勝負に勝ったら、○○に告白すると…―。

(だが! まさかこんな恋の障害があるとは!)

最初の勝負で○○に負けた時、俺は思い出した。

負けた方が、顔に墨で落書きされることを…―。

(オレはどうしたらいいんだ!?)

○○と戦いつつ、必死に考える。

だが、○○の笑顔を見ると、そのこともすぐに忘れそうになってしまう。

アインツ「こうやってオマエと戦えるとは思わなかった! ……しかも、なかなか強い! さすが○○だ!」

○○「ほ……ほめ過ぎです」

アインツ「そんなことはない! オレの100の技をもってしても互角! いや、オマエの方が上だ!」

(これは本心だ。輪投げの時も思ったが、○○はオレの想像以上だ!)

(だからこそ、オレを惹きつけるんだ!)

○○「いきましたよ! アインツさん!」

○○の笑顔がはじける。

アインツ「よし! オレのミラクルレシーブを!」

オレは羽子板を振り上げる。

(いや待て、オレ!)

オレは自分を慌てて制す。

羽根はオレをすり抜けて後ろへ落ちていった。

アインツ「また負けてしまったようだな!」

オレは羽根を拾いに慌てて走る。

(危ない……つい興奮して打ち返してしまう所だった……)

(このままでは○○に一向に勝てないのはわかっているが……)

(だが、墨の落書きを思い出した今、オレは勝ってもいけない!)

(なんてことだ……恋の天秤が難し過ぎる!)

アインツ「よし! 次の勝負だ!」

○○「アインツさん、手加減しなくてもいいですよ?」

アインツ「何!? なぜそれを!」

オレは慌てて口を手で覆った。

(なんてことだ……○○は心が読めるのか!?)

○○「私、アインツさんに本気で楽しんで欲しいんです……」

アインツ「楽しんでいないわけじゃないんだ!」

(むしろすごく楽しい! 友と試合をするのとは違う……勝っても負けても楽しいなんて初めてだ!)

(だが……それとは別にどうしても本気を出せない理由があるんだ)

アインツ「その……オマエの顔に墨で落書きなんて……」

(こんなに人の多い所で、墨だらけにさせるわけにはいかない!)

(オレが勝負だと言い出したばっかりに……!)

○○「大丈夫です。昔もよく顔中、墨だらけになってましたから」

アインツ「そう言うが……」

○○「真剣勝負です!」

アインツ「○○……」

○○は真剣な瞳でオレを見つめる。

(なんて女なんだ、○○は……)

(勝負のためなら、墨で落書きされてもいいと言うのか!?)

(さすが、オレが好きになった女だ!)

○○の覚悟を知り、オレはまた○○を好きになる。

(こんな○○の前で、手を抜くなんて、それでいいのか? オレ!)

オレは羽子板を構えながら、オレは自分の心と戦う。

(いったい、どうしたらいいんだ……!)


……

こうして、オレは結局、○○に全部言ってしまっていた。

(まさかこんな告白になるとは……!)

(だが言ってしまったからには、オレは○○の気持ちを知りたい)

アインツ「○○、オマエはどうだ!? オレのことをどう思う?」

○○「私は……」

○○の唇がゆっくりと次の言葉を紡ごうとする。

アインツ「いや、待ってくれ! 今聞くと、心臓が壊れそうだ!」

(もう、呼吸さえまともにできそうにない!)

アインツ「そうだ! オレの顔に墨で返事を書いてくれ!」

○○「顔に……ですか?」

アインツ「ああ!」

○○「でも……」

アインツ「頼む!」

(オレは勇気がないな……ちゃんと返事を聞くこともできないとは……)

(だが、こうでもしないと、オレはこの心臓の高鳴りを抑えられない!)

○○「わかりました」

○○は墨のついた筆を手にとると、オレの傍に近づく。

頬に筆が触れる。

(……なんだ? なんて書いているんだ!?)

頬に感じる筆の流れから読み取ろうとするが、それは難しそうだ。

○○「書きました」

アインツ「そうか!」

オレは早速、○○の返事を見ようと顔を動かす。

だが…―。

アインツ「……」

○○「? アインツさん?」

アインツ「しまった! 返事が見えない!」

○○「あ……」

(そうか! つい興奮して頼んだが、見る方法がないじゃないか!)

(アインツ、一生の不覚!)

アインツ「今すぐ答えを知りたいが……どうしたらいいんだ! 望んだ答えじゃないかも知れない! だが知りたい!」

オレは頭を抱える。

(『はい』なのか!? 『いいえ』なのか!?)

(緊張のせいか喉が渇く……!)

オレはたまらずに水汲み場に駆け寄る。

(いや、ここの水は飲んでいいんだったか!?)

ふと、水面を見て、オレは息をのんだ。

(……好き?)

水面に映ったオレの顔には、『好き』と書かれていた。

アインツ「○○!」

○○「見えましたか?」

返事の代わりに、○○を抱きしめると、オレの大切な人の温かさが、体と心の奥にまで伝わってきたのだった…―。

 

おわり

 

<<月最終話