第5話 特別の意味

明くる日、私はヒノトさんと九曜の街へ出かけた。

街はどこか華やかな雰囲気が漂っていて、人々も活気に溢れている。

◯◯「賑やかですね、それに皆さんどこか楽しそう」

ヒノト「一年に一度の神事が近いからね。皆、浮き足立ってるんだよ」

聞けばこよみの国・九曜では年に一度、中央の神楽殿を守る一族が移り変わるらしい。

その際に、12の王家の中から選ばれた一族が、祈念の儀という奉納神事を行うそうだ。

ヒノト「この時期は街も賑わうからね、君を案内したかったんだよ。 ……姫、それではどうぞ、俺の手をお取りくださいな」

かしこまってヒノトさんが手を差し出す。

(なんだか恥ずかしいな……それに、勘違いしそうになる)

手を取られ、柔らかな身のこなしで神事を前に花めく街を案内されると、胸が高鳴ってしまう。

ヒノト「祈念の儀を行う神楽殿はこの街を越えたところにあるんだ。 ちょうどこの大通りは神楽殿へ繋がる参道のような感じだから……ほら」

彼に指差された方を見れば…ー。

◯◯「綺麗……」

神楽殿へ続く通りの脇は、枝に紅白餅を挿した独特の装飾や花で飾られていた。

ヒノト「そうでしょう? ふふ……君の笑顔は自然体でいいね」

柔らかに微笑む彼の手が私の頬に触れる。

◯◯「……っ」

ほのかな体温にとくんと胸が鳴った。

(この人は女性には紳士的に接してくれるから……私にも優しくしてくれてるだけ)

それでも彼の微笑みはあまりに優しげで、向けられると自分だけが特別な気がしてきてしまう……

(この笑顔は、他の女の子にも向けられているもの……)

そう自分に言い聞かせると、小さな痛みが胸に走る。

その時だった。

ヒノト「……俺、君のことが特別なんだ」

◯◯「え……?」

指先が頬を滑り、私の髪を弄ぶ。

私の気持ちを絡め取るように……

ヒノト「ねえ、◯◯、俺とお付き合いしてみる気はない?」

突然の告白に、私の目にはヒノトさんしか映らなくなった。

街の賑わいも大勢の人々の存在も意識からすべて消えてしまう。

◯◯「どうしてですか……?」

ヒノト「うーん……好意に理由をつけるのは難しいね?」

(ヒノトさんは私のどこがいいんだろう?)

◯◯「本気ですか? ヒノトさんには私よりも相応しい人がいそうですが……」

ヒノト「いないよ、そんな人」

◯◯「でも……あっ」

背中に腕を回されて、彼にそっと抱き寄せられる。

(私よりも、あの秘書官さんの方が、ずっと距離だって近そうに見えるのに……)

ふと先日、彼の口からこぼれた言葉がよみがえる。

ー----

ヒノト「あの人は、いつも傍にいてくれるわけじゃないしね……」

ヒノト「……でも、君だって一人は寂しいだろ?」

ー----

(ヒノトさんは多分……)

○○「隣にいてくれたら、誰でもいい……?」

心の声が、言葉になって漏れてしまった。

ヒノト「……っ」

その瞬間、彼の瞳が置き去りにされた子どものように呆然と見開かれた。

◯◯「あ……ごめんなさい! 私、今……」

取り繕うけれど、ヒノトさんは目をすがめて笑う。

ヒノト「いいよ、大丈夫。でも、ちょっと痛いところ突かれちゃったな……」

◯◯「ヒノトさん……」

ヒノト「……ごめん」

顔を伏せながら言って、ヒノトさんは私から離れた。

不自然に開いた空間に、彼との心の距離を感じる。

ヒノト「ちょっと頭を冷やしたいから、今日はお開きにさせてもらってもいい?」

◯◯「……はい……」

私と視線を合わせないまま、彼は雑踏の中へ消えていく。

(本当に私のことを……?)

(ヒノトさんが、わからない……)

去り際の、彼の寂しそうな顔が目に焼きついて離れない。

九曜の街のざわめきが、やけに耳に響いていた…ー。

 

 

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