○○「隣にいてくれたら、誰でもいい……?」
○○に、そう言われた後…―。
(参ったな……)
俺は部屋でひとり、さきほどのことを思い返していた。
(やばい。結構、傷ついてる)
彼女の言葉を思い出すと、心がひどく軋んでしまう。
明るい太陽の光も、新年を前に活気づく九曜の人々のざわめきも、今の俺にとっては空しいものだった。
(自業自得ってやつかな)
女の子には、ずっと優しく接してきた。
そうすると誰もが皆、嬉しそうに俺の傍にいてくれたから…―。
(けど、結局は皆離れていくんだよね……イメージと違った、とか言って)
○○「私も寂しくなる時はあります。でも……隣にいないからって、一人ってわけじゃないと思うんです」
あの時の、○○の真っ直ぐな眼差しが忘れられない。
俺という人間の奥底を見つめてくるような、あの純粋な瞳……
ヒノト「……ふう」
ため息を一つ吐いた後、ゆるりと立ち上がる。
胸に生まれた初めての感情に、俺は戸惑っていた。
(寂しい……○○に、会いたい)
この感情に名前をつけるとしたら、寂しいという言葉では全然足りない
(重傷だな……俺)
部屋に入る日差しに、目をすがめたその時…―。
秘書官「ヒノト様!」
ヒノト「はいはい、今行くよ」
聞き憤れた声が響いて、俺はほとんど反射的に返事をした。
(……今は、祈念の儀の準備に集中するかな。カノエに引き継いでやらないと)
そう自分に言い聞かせて、俺は襖に手を掛けた…―。
…
……
ヒノト「じゃ、これで問題無いね?」
楽師「はい……! ありがとうございます、ヒノト様!」
先日、人手が足りないと相談を受けた楽師達を手伝っていた。
(甘やかすのはどうかと思うけど、ね。○○が来てるんだ。下手なものは見せられないし)
ヒノト「……」
(今、○○は何してるんだろうな……)
儀の準備をこうして進める中、ともすると彼女のことを思い出してしまう。
楽師「ヒノト様?」
ヒノト「……! 何でもない。いい働きしてくれよ?」
楽師「はいっ!!」
楽師達に背を向け、俺は賑わう九曜の街を歩き出す。
(やばいな……準備が捗らない)
せっかくの新年を前に、俺の胸は寂しさで胸が押し潰されそうになっている。
(誰か、呼ぶか?)
今まで俺が関わってきた女の子達を、ふと思い出すけれど……
(いや)
この気持ちを満たしてくれる人はたった一人だけだということに、俺はもう気づいてしまっていた。
(特別な人の、特別な存在になるって……こんなに難しくて、もどかしいのか)
くしゃりと前髪を掻き上げた後、うつむいていた顔を上げる。
(次は…―)
気もそぞろに次の準備へ向かおうとした俺を呼び止めたのは、他ならない彼女の声だった
…
……
○○「素敵……」
祈念の儀を前に、○○はうっとりとした表情を浮かべていた。
(カノエ……立派じゃないか)
笛の音に合わせ、今年を象徴する申の一族であるカノエが舞を舞う。
(けれど○○、隣に俺がいることを忘れてない?)
心の中でそう語りかけながら、彼女の手をぎゅっと握りしめた。
なぜだか顔を見ることが躊躇われて、俺は視線をカノエの舞に向けたまま……
(君と仲直りできて良かった。こうして、九曜の一番いいところを君に見せられて、本当に……)
○○も俺も、そのままお互いに目を合わせることはなかった。
ヒノト「……」
繋いだ手の温度に、力強いカノエの舞に……俺の心が、満たされていくことを感じていた。
そして、祈念の儀を終えた後……
○○「すごく素敵でしたね……」
頬を紅潮させた○○が、俺に話しかけてくる。
ヒノト「君のために特別に見やすい席を用意したんだよ」
○○「そんな……ありがとうございます」
恐縮している彼女に、俺は自分の気持ちを正直に告げる。
ヒノト「お礼ならもっと特別なものをもらいたいかな? 儀式の指揮を執っている王子自ら手伝ったんだからね」
甘えるように、俺は○○を抱き寄せた。
○○「手伝ったって……」
○○は少し慌てた様子で視線を彷徨わせていたけれど、楽師達の姿を見た後、俺の顔を見上げてきた。
○○「もしかして……」
ヒノト「うん、人数は増やしたけれど、彼らはいい仕事をしてくれたよ。俺も下稽古は手伝ったけどね」
太鼓を叩く仕草をしてみせると、彼女の顔が嬉しそうに綻んで……
○○「優しいんですね……」
(優しい?)
その言葉に引っかかりを覚えながらも、俺は何でもないことのように彼女に応えた。
ヒノト「そう? そんなことないよ。まあでも……彼らを甘やかすのはどうか……とは思ったんだけどね、カノエ達にいい形で引き継げて良かった」
握っていた指先を、ゆっくりと絡み合わせる。
○○は何も言わず、ただ穏やかな表情で俺を見つめていた。
(俺が優しくするのは、君にだけだよ。君に優しくされたいから……君に傍にいて欲しいから。君の……特別になりたいから)
新しい年の訪れと共に生まれたこのどうしようもない切なさに、俺の胸は苦しくなるのだった…―。
おわり。