カストル「それで……アイツは君に何て言ってたんだい?」
ポルックスさんのことについて問いかけるカストルさんに、伝えていいものかどうかがわからず、私はカストル王子の瞳をじっと見つめた。
すると……
カストル「教えてくれないか? 僕はもちろん、ポルックスのことは知っている」
躊躇いは残るものの、私は口をゆっくりと開く。
◯◯「ポルックスさんは、私が余計なことをしたと、そう言っていました」
カストル「そうか……ポルックスがそんなことを」
カストル王子は腕組みをしながら壁にもたれかかり、視線を伏せた。
カストル「僕のせいだね」
◯◯「え?」
ぽつりとつぶやかれた言葉に、思わず聞き返してしまう。
◯◯「……どういうことですか?」
カストル「……」
カストルさんは、ゆっくりと瞳を開いて、私に向き直った。
カストル「僕はね、弱い人間なんだ」
◯◯「……弱い人間?」
そう聞き返すと、彼は困ったように笑った。
カストル「昔から、僕はこの国の唯一の王位継承者として育てられた。 やがてはこの国の王座に就くために……でも。 僕は、体も心も弱かった。 両親の……周囲からの期待に応えようとすればするほど、それに反して僕の体は悪くなっていった。 いつしか、公務をする時間より、一日をベッドの上で過ごす時間の方が多くなってしまった。 ……自分が情けなかった。もっと強い体が……心が持てたら、と。 ううん、それだけじゃない。僕は周りが憎かった。なぜ僕にこんなに期待をするのかって。 いっそ失望された方が、どんなに楽なんだろうと……」
◯◯「カストルさん……」
カストル「その抑圧された魂が内に籠り、いつしか僕の中に、僕とは正反対の魂が生まれていた」
◯◯「それが……ポルックスさん?」
カストルさんは、ゆっくりと頷いた。
カストル「彼は僕の抱える弱さや戸惑い、諦め……そんな負の感情をずっと請け負ってきたんだ。 ポルックスのあの言動は、本当はきっと僕が望んでいることなんだ。なのに……」
淡々と話す口調とは裏腹に、カストル王子は、沈痛な表情を浮かべている。
カストル「君は城の皆がアイツをどう思ってるか知ってるかい?」
ーーーーー
執事「あの、疫病神め……」
侍女「まあ。あの厄介者……カストル王子が、お可哀相だわ」
ーーーーー
◯◯「……はい」
カストル「僕の代わりに、アイツが皆に責められているなんて、おかしいよね」
カストルさんの瞳が、潤んだような気がして…ー。
気がつくと、私の両手は彼の手を包んでいた。
◯◯「そんな顔をしないでください」
カストル「◯◯……」
カストルさんの綺麗な手が、私の手をそっと握り返す。
カストル「ポルックスのことを……君はどう思った?」
◯◯「……わかりません。ただ」
ーーーーー
ポルックス「……」
ーーーーー
◯◯「ポルックスさんは……悲しそうな顔をしていました。 それが、忘れられなくて……」
カストル「……君は優しい人だね。ありがとう、ポルックスのことを心配してくれて」
耳元に届いたカストル王子の声は小さく、悲しみに沈んでいた…ー。
…
……
翌日、私が客間を出ると、回廊を堂々と闊歩する王子の姿があった。
(あの感じは……ポルックスさん?)
◯◯「……ポルックスさん」
ポルックス「……」
思い切って声をかけると、ポルックスさんがうろんそうな目を私に向ける。
◯◯「あの……私、昨夜カストル王子にあなたのことを聞きました。 あなたは…ー」
ポルックス「カストルの負担になることはやめろ」
ぴしゃりと、冷たく放たれた言葉に二の句が口を出ない。
ポルックス「これ以上、余計なことをするな。さもないと…ー」
◯◯「……!」
両手首を乱暴に掴まれ、壁にそのまま背中を押し当てられた。
◯◯「ポルックスさ…ー」
カストル「お前も、俺がめちゃくちゃにしてやるよ…… !」
抵抗しようとしても、強い力で抑えつけられ、びくともしない。
ポルックス「わかったな」
そう言うと、ポルックスさんは私の両手首を解放した。
◯◯「……」
ポルックス「ハッ! 怖いか? ならもうカストルには近づくな。 この国から……出て行け」
ポルックスさんは踵を翻し、その場を去っていった。
(怖かった……?)
抑えつけられていた手首には、まだじんとした痛みが残っているけれど、私はポルックスさんに不思議な感覚を覚えていた。
(ポルックスさんはカストルさんを守ろうとしているんだ)
(二人の力になりたい……)
遠ざかるポルックスさんの背中を見つめながら、私は胸元をただ握りしめた…ー。