〇〇「カストルさん!!」
思わずその名前を呼ぶと、ポルックスさんの動きがぴたりと止まった。
ポルックス「……うぅ……カス…トル?」
ポルックスさんは苦しそうに声を上げながら、私からゆっくりと体を離した。
〇〇「ポルックス……さん?」
ポルックス「ハハッ……何だ」
次に、ポルックスさんが不敵に笑い出す。
ポルックス「やれば……できんじゃねーの」
そうつぶやいたきり、ポルックスさんは、口を閉ざし、うつむいてしまった。
自信にあふれたポルックス王子のそんな姿を見るのは初めてで……
〇〇「あなたは……?」
状況が飲み込めず、おそるおそる尋ねてみると……
ポルックス「残念だったな。俺は……ポルックスだ」
ポルックスさんは、額に手で抑えながら、やがて私に再び鋭い視線を向けた。
ポルックス「もういいだろう……俺達のことは放っておいてくれ。 カストルが辛い時は、俺が代わりになる……今まで通り、何も変わらない」
(そんな……)
〇〇「……本当に、それでいいんでしょうか」
気づいた時にはもう、その言葉が口からこぼれていた。
ポルックス「ああ? お前に何がわかる」
王子が顔を上げると、前髪の隙間から月明かりに光る瞳がこちらを睨んだ。
その厳しい眼差しに、息が詰まりそうになるけれど……
〇〇「確かに、お二人のことを理解出来たとは思っていません。 でも……このままでいいとは、私には思えません」
ポルックス「……」
沈黙が静かに流れる。
ポルックス王子は、じっと何かを見定めるような瞳を私に向けたまま…-。
ポルックス「なぜ、そう思う?」
―――――
カストル『……君は優しい人だね。ありがとう、ポルックスのことを心配してくれて』
―――――
〇〇「カストルさんが、あなたのことを思い遣っているからです。 自分の代わりに周りから責められていると……彼はとても辛そうでした」
ポルックス「……」
〇〇「自分の負の感情をずっと請け負わせてしまっていると……。 そしてポルックスさんも、こうしてカストルさんを守ろうとしています。 こんなに、お互いがお互いのことを思い遣っているのに…-」
ポルックス「……っ」
一瞬、彼の力強い光を放つ瞳が大きく揺れた。
心を揺さぶった波紋が広がるように、ポルックス王子の口元がかすかに震える。
ポルックス「やめろ……それ以外、言うな」
〇〇「え……?」
ポルックス「わかってるんだ……!」
〇〇「ポルックスさん?」
その時…-。
一筋の涙が、月光を受けてポルックスさんの頬を流れた。
まるで決壊した心から、一粒の悲しみがこぼれるように……
〇〇「……」
涙があまりにも純粋に見えて……私は言葉をかけることすら忘れて、そっと頬に指先を伸ばした。
想像よりずっと温かな頬に、みずみずしい感情が溢れている……
ポルックス「……〇〇……」
恐れを抱くようにして、ポルックス王子は私の指先に注意深く自らの手のひらを重ねる。
ポルックス「誰かに……こんなふうに触れられたのは……初めてだ」
〇〇「……どうして泣いているんですか?」
ポルックス「……わからない。本当は怖かったのかもしれない」
〇〇「怖い……?」
(どういうこと……?)
静かに目を伏せたポルックス王子は、確かめるように私の手を握りしめる。
ポルックス「俺はいつかは用済みになる宿命だ……アイツが成長して強くなれば……。 きっと俺は、カストルに吸収され消えてしまう……本当はそれがずっと怖かった」
震えるような声を出し、自嘲的な笑みを浮かべる。
今まできっと誰にも見せることのなかった、ポルックス王子の心の内側……
(ポルックスさん……)
ポルックス「……お前が来てから、アイツの心も少しずつ変わってきている。 さっきだって、俺を止めようとしやがった」
そう言うポルックスさんは、泣いているようにも笑っているようにも見えた。
〇〇「ポルックスさん……」
ポルックス「俺はもうすぐ消えてしまうんだ……。 お前を遠ざけようとしたのも……カストルのためのフリをして、本当は消えることが怖かったんだ」
〇〇「……っ」
包み込むように彼の身体を抱きしめると、ポルックスさんは小さく身動ぎする。
ポルックス「〇〇……?」
〇〇「私は……カストル王子もあなたも両方いて、一人なんだと思います」
不完全なお互いの部分を支え想い合う、それはまるで双子のような絆…-。
〇〇「あなたは存在する。そしてカストルさんもあなたを必要としている。 だから、あなたが消えることはないと思います」
ポルックス「俺は……存在してもいいのか?」
〇〇「はい、当たり前です。だから……怖がらないでください」
しっかりと頷くとポルックスさんの瞳にまた一筋、月光がきらめく。
ポルックス「ありがとう……」
そう口にしたポルックスさんの口元に、この上なく優しい笑みが浮かぶ。
月の光を浴びて、王子の瞳が幻想的な輝きに揺らめいた時…-。
(あなたは……?)
私の目の前で優しく微笑む王子を見つめていると、なぜだか胸が、痛いくらいの切なさに締めつけられたのだった…-。
おわり。