月8話 彼の胸中と、渦巻く陰謀

すがりつく男の子を前に、エドモントさんは黙り込んでしまった。

難しい顔をして、何か考え込んでいるようだ。

男の子「エドモント王子様……お願い……うっ、ひっく……僕のおかあさん以外にも、同じ病気の人、たくさんいるんだ。みんな苦しんで……だからお願い。おうち、壊さないで……お願いします……ううっ」

食いしばった歯のすきまから、堪えきれない嗚咽が漏れている。

○○「エドモントさん、私からもどうかお願いです。ここを取り壊さなくてすむように、動いてみることはできないでしょうか?」

エドモント「それは無理だよ、もう決まったことなんだ。何度も言っただろう?」

○○「でも、それがエドモントさんの、本当の気持ちなんですか……?ここにまた来たのも、本当は助けたいからじゃ…―」

エドモント「納得させたかったんだよ、自分に。仕方のないことだから、って」

訴えかけるように彼を見つめると、彼は、不意に視線を逸らして、悲しそうにわずかに微笑んだ。

○○「エドモントさん……?」

エドモント「仕方ないな……」

○○「じゃあ……!」

彼の言葉に、ぱあっと目の前が明るくなる。

けれども彼は、弱々しく首を左右に振った。

エドモント「勘違いしては駄目だよ。スラムを取り壊すことをやめたわけじゃない」

○○「え……?」

エドモント「でも、君にそんな顔をさせるわけにはいかない。○○。君に、そんな悲しい顔は似合わないよ」

ふわりと、彼に頬を撫でられる。

その手のひらは……いつかのように温かくはなく、ひんやりとしていた。

(どうしてこんなに、冷たく感じてしまうの?エドモントさんは本当は、とても優しい人なのに……)

エドモントさんが、男の子に向き直る。

エドモント「今日は、帰りなさい。薬は、後で届けるから」

男の子「本当に!?」

エドモント「ああ……君のお母さんには、昔お世話になっていたんだ」

○○「え……」

エドモント「君が話してくれた病気の女性だよ。……昔、俺がここに遊びに来ていた時に、面倒を見てもらっていた人だと思う」

○○「エドモントさん……」

けれどエドモントさんの表情は、なおも厳しいままだった。

エドモント「……君は、君はここで、この暮らしのままで、いいと思っているのか……?」

ほとんど独り言のように、エドモントさんが男の子につぶやいた。

男の子「え?」

エドモント「いや……早く、おうちへお帰り。お母さんをみてあげないと」

男の子「うんっ!ありがとう、王子様っ!!」

男の子は、来た道を軽やかな足取りで駆けて行った。

○○「エドモントさん……」

エドモント「まったく……君がこんなふうに強情にお願いをするとは、思ってもみなかったよ。優しいだけではない。しっかりとした面も持ち合わせていたんだね」

○○「そんなことは……」

エドモント「笑ってごらん、○○」

○○「え……?」

エドモント「そろそろ、いつもの君の笑顔が見たい」

そう願う彼の顔こそ、悲しい色が深く滲んでいるように見える。

けれど……

○○「……はい」

短く返事をして、私は、彼に応えるために笑みを作ったのだった…―。

……

エドモントさんの胸中は図れないまま、彼の気持ちを考えて悶々とした時間を過ごしていた。

(エドモントさん……何を考えているのだろう)

重い気持ちで、中庭を歩いていると……

(あれ?あれは……大臣さん?)

中庭の隅で大臣が、中背の見知らぬ男性と二人で話している。

大臣「……はぁ……まったく」

??「へへっ、大臣様のおっしゃる通りです」

大臣「ふんっ、さっさとあそこが取り壊しになれば、新しい富が生まれるものを。いつまでもしがみつきおって……」

??「ではどうぞ、我々をひいきに誘致を……約束通りの額はお支払いしますぜ」

(どういうこと……?)

一歩後ずさると、何かに背中をぶつけてしまう。

○○「っ……!?」

体がよろける前に、私の体は誰かの腕にしっかりと捕らえられてしまった。

大臣「だ、誰かいるのか!?」

??「大臣さんよ、もうちょっと周りに気を使ったほうがいいぜ。聞かれちまった」

私を捕らえたのは大柄の男で、大臣とは知り合いのようだった。

大臣「これは……○○様」

○○「どういうことですか?支払いって……」

大臣「お聞きの通りですよ。スラム取り壊しの後に、代わりに大きな市場を建設しようと」

○○「その話……エドモントさんは知っているんですか?」

そう言うと、大臣は面倒臭そうにため息を吐いた。

大臣「王子は生真面目な方ですので……このことが知れると、取り壊しを中止にしかねないですからね」

(そんな……!じゃあ、この人は自分の欲のためにスラムを……!?)

大臣「おい、後は任せるぞ」

○○「待っ……んんっ!」

その場を去ろうとする大臣を追いかけようとしたけれど、男の手にしっかりと口を塞がれてしまう。

男「静かにしろ」

必死で暴れるものの、男の人の力には敵うはずもなく、私は、そのまま城から連れ去られてしまった…―。

 

 

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