男の子「……じゃあ、王子やめてよ」
○○「っ……!」
ヴィオさんに向かい、男の子が言い放った言葉で、その場はざわめき騒然となった。
ヴィオ「……ああ、わかったよ」
男の子「っ……」
(え……ヴィオさん……?)
ヴィオ「オマエの言う通りにしよう。 あと、次の挑戦で一位を取れなかったら、もう記録への挑戦もやめる」
男の子から目をそらさず、真剣な顔でそういった後……
ヴィオ「次はそれくらいの覚悟を持って挑むことにするから。だから絶対に見に来いよ?」
ヴィオさんは微笑みを浮かべやや乱暴に男の子の頭を撫でる。
男の子「……」
男の子は困惑した様子で、唇を引き結んでいた…―。
…
……
城への帰り道、ヴィオさんは引き締まった顔つきでじっと前方を見据えていた。
その姿に声をかけるのが、ためらわれたけれど…―。
○○「……ヴィオさん……大丈夫ですか?」
話しかけると、ヴィオさんはハッとした後、笑顔になり私を見た。
ヴィオ「ああ、大丈夫だ。ごめんな、少し考え事してたみたいだ」
○○「……」
ヴィオ「とにかく、あれで良かったんだ。 オレだって、いい加減にこのままじゃいけないと思ってた。 いつだって皆の期待を裏切って、二番ばかりで……けど、短距離走は、ずっと訓練を続けてて最近の練習じゃ自己新記録を出してるからな! 今度は絶対に大丈夫だ」
ヴィオさんのその大きな声が、まるで不安を押し隠しているように思えて……
(ヴィオさん……やっぱり不安なのかな)
(でも……どうしてここまでこだわるんだろう)
○○「ヴィオさん……でも、どうしてここまで一番にこだわってるんですか?」
ふと問いかけると、ヴィオさんは目を見開いた後、ひとつ瞬きをした。
ヴィオ「え……?それは……オレにとっては当たり前のことなんだ」
彼の瞳に灯っているのは、熱いだけではない、優しさをたたえた深遠な炎で……
ヴィオ「オレ、小さな頃から王族としてこの記録の管理をしてて、一番になったヤツのことずっと見て来た。 辛い時とか、一番になった人達のことを見てると本当に元気になれるんだ。すごいんだぜ?」
もう一度決意を込めるように、ヴィオさんが拳をぐっと握りしめる。
ヴィオ「オレは……王子であるオレが一番皆に元気を与える存在でありたいんだ! そりゃあ、なかなか世界一になるなんて難しい。 でも、記録を更新することで、皆に夢を与えることができるはずなんだ。 オレはどんどん夢を与えたい。皆の挑戦したい気持ちをかき立てたい。 オレは挑戦し続けて、夢を生み続けるんだ!」
(ヴィオさん……)
話しながらだんだん大きな声になっていくヴィオさんを見ていると、胸がいっぱいになり、力になりたいという気持ちに包まれていく。
○○「じゃあ……私は、応援の世界一を狙いますね。 ヴィオさんが世界一になれるように、誰よりも応援します!」
ヴィオ「え……?」
ヴィオさんの熱に当てられたまま、私も熱く訴えると……ヴィオさんは、ほんのり頬を赤くして、それからはにかむように微笑んだ。
ヴィオ「……オレ、変わってるってよく言われるけど……オマエも、十分に変わってるよな」
○○「え……?」
ヴィオ「オレはそういう奴……うん……大好きだ」
○○「……!」
じっと私の瞳を見つめて言い切った後で、ヴィオさんの瞳はふいとそらされてしまう。
ヴィオ「絶対やって見せるから。見ててくれよ」
目を合わせないまま、ヴィオさんの手がゆっくりと私の手に近づいて……
(温かい……)
ためらいがちに繋がれた手は、熱く優しい温もりを孕んでいたのだった…―。
そして迎えた、短距離走の世界記録挑戦、当日…―。
ヴィオ「っ……痛っ!!」
徒競走用のシューズに足を通していたヴィオさんが突然声を上げて、その後慌てて背を向けた。
トレーナー「ヴィオ王子、どうされたのです?」
トレーナーがヴィオさんからシューズを取り上げ、無理矢理確認する。
(面鋲……!?)
どうしてかシューズの中に入っていた面鋲を、ヴィオさんは思い切り踏んでしまったようで……
血を滲んだヴィオさんの足を見て、私は両手で口を覆う。
ヴィオ「だ、大丈夫だ、大したことない!騒ぎ立てないでくれ。このまま挑戦は続ける」
少し上ずったヴィオさんの声を聞いて、胸に不安が広がっていった…―。