執事喫茶の準備は、順調に進んでいたと思われたけれど…―。
まさかの発注ミスで、メイド服しか用意ができなかった。
(でも……)
○○「おかえりなさいませ、ご主人様」
さっきから僕は、メイド姿の○○を、横目でずっと見てしまっている。
サイ「……だめだ」
頬を叩いて気持ちを入れ直そうとするけれど……
数秒後にはすでに、○○を目で追ってしまっている。
(○○には、無理を言って手伝ってもらっているんだから……僕が、こんな浮ついた気持ちでいてはいけないんだ。だけど……)
メイド服姿の○○は想像以上に可愛い。
(本当は、メイド服が届いてよかったと思ってしまっている……)
改めてそう自覚すると、頬にさっと熱が昇る。
(何考えているんだ……僕は!そんなこと、言えないよ……)
目が合わないように注意しながら、○○のメイド服姿に視線をやる。
(……すごく似合ってる。もしも今、僕の心の声が聞こえてしまったら……○○に軽蔑されるかな……)
その時、男性客の一人が○○に声をかけた。
男性客1「君、可愛いね~!男ばっかりでびっくりしたけど、来てみてよかったよ!」
男性客はにやにやと笑みを浮かべながら、○○のことを見ている。
○○「ありがとうございます、ご主人様」
そんな客に対しても、○○は笑顔で対応している。
僕以外に向けられる彼女の笑顔に、もどかしさを感じた。
(……紅茶とスイーツは僕が運ぶことにしよう)
目を閉じて、僕は自分の気持ちを落ち着けた…―。
……
それからしばらく…―。
○○「おかえりなさいませ、ご主人様」
○○も慣れてきたのか、その声に落ち着きを感じるようになった。
けれど僕の気持ちは、そんな彼女とは裏腹にもどかしさを増すばかりで……
(……駄目だ。クラスの皆のことを考えないといけないのに、君にばかりに目がいって……どうしようもなく、君のことが気になって)
ひとつ息を吐いて、僕は○○の元に近づいていく。
そして…―。
サイ「メイド服、すごく似合ってる。可愛い」
○○「……!」
彼女の耳元に顔を寄せて、そう伝えた。
○○「サイ、さん……」
○○が、僕の方を見ないままに名前を呼んだ。
(……誰にも渡したくない)
自分の中に欲が芽生えてくる。
サイ「後で」
○○「え……?」
誰にも聞こえないように、○○にだけ言葉が届くように……
サイ「後で、抜け出そう……二人で」
○○「……!」
そんな思いを込めながら、僕は彼女に囁きかけた。
○○は、まだ僕に背中を向けたままだけど……
(……耳まで、赤いよ)
彼女が愛しくてたまらなくて、僕はさらに顔を寄せる。
サイ「駄目?」
○○「……っ」
そこでようやく、○○は僕の方を振り返った。
○○「……駄目、じゃないです」
彼女もまた、僕にだけ聞こえるような小さな声で答えてくれる。
嬉しさが、幸せが僕の心に満ちて……顔が綻んでいく。
(学園生活も、文化祭もとても楽しいけれど)
僕にとっての特別な空間は、○○といる所だと、そう強く思った…―。
おわり。