月SS 交わした約束

私は急遽、サッカーの試合に出場することになってしまった…―。

ケイ「イリアさん! 申し訳ないですが着替えたらすぐ来てください!」

イリア「は……はい!」

そう言って、ケイさんは慌ただしく教室を後にした。

(本当に大丈夫なのだろうか……)

今になって、急に不安が大きくなってくる。

―――――

イリア『心配なさらないでください、○○様。 それに、約束しました。どれだけ失敗してもここで精いっぱい学ぶと』

―――――

(○○様にあのように言い切っておいて、もし不甲斐ない結果になったら……)

手にした体操着を、ぎゅっと握りしめた。

(いや……)

―――――

イリア『どれだけ失敗しても、何があっても……精いっぱい、ここで学びたいと思います。 ○○様と、一緒に』

○○『……はい!』

―――――

私を励ましてくれた、○○様の笑顔を思い出す。

(あの時の約束を守らなくては)

イリア「……それに」

私の頭に、嬉しそうに手を振るミヤの姿が過る。

この学園に通いたいと打ち明けた時、彼は母上の大反対にあった私を陰から応援してくれた。

イリア「サッカーの話をしたら……きっとミヤは驚くだろうな」

意を決して、私は制服のブレザーを脱いだのだった…―。

……

しかし…―。

ケイ「イリアさん、走ってください!」

イリア「は、はいっ……!」

ケイ「イリアさん、違います! そっちは、相手側のゴールです……っ!」

イリア「えっ!?」

試合開始後、私はずっとチームメイトの足を引っ張ってしまっていた。

(……っ!)

思うようにボールが運べず、皆の足の速さ体がついていかない。

(情けない……)

(こんなにも上手くいかないなんて)

歯がゆさに、私はぎゅっと唇を引き結んだ。

その時…―。

○○「イリアさん……頑張ってください!」

○○様の大きな声援が、私の耳に届いた。

イリア「○○様……」

一心に私を見つめ、声を張り上げてくれている。

○○様のこんなに大きな声を聞いたのは、初めてだった。

(どんな時でも……○○様は私を励ましてくれるのですね)

文化祭の発表に悩んでいた時も、落ち込んだ時も、そして今も……

○○様の笑顔が、いつも私に元気と勇気をくれる。

イリア「……ありがとう」

気付くと、自然とそう口からこぼれていた。

○○様の声援が一瞬止まり、視線が絡み合う。

イリア「あ…―」

もう一度大きな声を出そうとした時、チームメイト達がキックオフの準備を始めた。

(今は集中しなければ……!)

○○様から視線を外し、私は自分のポジションへと戻った…―。

……

○○「イリアさん、おめでとうございます」

試合の後、私は○○様と教室に戻ってきていた。

まだ試合の余韻が残っているのか、心臓が小刻みに音を立てている。

イリア「運がよかっただけですが……皆さんの役に、少しでも立ててよかったです」

(本当に……偶然とはいえ、私が得点を決めることができるなんて)

まだそのことが信じられず、ボールが当たった頭にそっと手を触れた。

○○「イリアさんが頑張ったからですよ。 本当にすごいです、初めてだったのに、あんな……」

○○様は、興奮した様子で私のことを褒めてくれている。

気恥ずかしくて、私は彼女から視線をそらした。

(……○○様のおかげです)

息が切れそうな時も、諦めてしまいそうな時も、○○様の声が私の足を動かせてくれた。

(ちゃんと、お礼を言わなければ)

イリア「あの……」

○○「? はい」

ゆっくりと顔を上げると、少し頬を紅潮させた○○様の視線が私に向けられていた。

イリア「あの……○○様。応援してくださり、ありがとうございました。 あの応援……○○様の声援のお陰で、私は頑張れました」

○○「そんな……大袈裟です」

(大袈裟なんかじゃない)

イリア「○○様の応援は、どんな魔術よりも不思議な力があります」

(人に勇気を与える……いかに偉大な魔法使いも、そんな魔法は使えないだろう)

(まったく、貴方という人は……)

イリア「○○様……」

魔法にかけられたように、○○様に顔を寄せてしまうと……

ケイ「イリアさん! 打ち上げをしましょう!」

ケイさんが勢いよく教室の扉を開け、私達は慌てて離れた。

(なっ……!)

ケイ「あっ……。……すみません、お邪魔しました!」

イリア「あっ……これは、そのっ」

○○「あの、ケイさん……!」

ケイさんは顔を手で覆いながら、教室から立ち去って行く。

手の隙間から一瞬だけ見えた彼のいたずらっぽい視線が、私に向けられていた。

○○「ちょっと待ってください、ケイさん…―!」

(……! 行くな……!)

イリア「待ってください、○○様」

彼の後を追って立ち上がろうとする○○様の腕を掴む。

○○「えっ……」

これ以上ないくらいに高鳴る胸の動悸を感じながら、私は彼女の唇にキスを落とした。

○○「……っ」

イリア「……すみません。胸が高鳴って、抑えられなくて……」

○○「……イリアさん」

イリア「それにしても……こんなにドキドキしたのは、初めてです」

その理由は一つじゃなくて、けれど全部○○様がくれたものであることは間違いがなくて……

○○「文化祭……楽しかったですね」

思いを巡らせている私に、彼女の優しい笑みが向けられる。

その微笑みにまた、私の胸は大きな音を立てるのだった…―。

 

おわり。

 

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