第6話 ジョシュアの紅茶

ジョシュア『君は、こことは違う世界にいたって言ってたけど、あっちの世界では何も習わなかったの? テーブルマナーも、立ち振る舞いも、まるで街娘みたいだ』

夕陽が、雲をオレンジ色に染めている。

(戻らなきゃいけないのに)

レッスン会場を逃げるように出てしまった私は、ベンチに腰掛け物思いにふけっていた。

(お姫様、か……)

顔を上げると、目の前にはいつの間にかジョシュアさんが立っている。

○○「ジョシュアさん……」

ジョシュア「……はい」

ジョシュアさんは、私に紅茶のカップを差し出す。

彼の足下には、紅茶のポットが入ったバスケットが置かれていた。

ジョシュア「言ってたよね? オレがいれた紅茶が飲みたいって」

―――――

○○『ジョシュアさんがいれた紅茶を飲んでみたいです』

―――――

○○「来た日のこと、覚えててくれたんですか?」

ジョシュア「そんなに記憶力が悪いと思われてたの? 心外だな」

あわてて首を横にふる。

ジョシュア「レディはそんな風に勢い良く首を振らない」

○○「す、すみません!」

私はそっとカップに口をつけた。

○○「おいしい……!」

とても優しく甘やかな香りが口の中に広がる。

思わず頬をゆるめると、ジョシュアさんが私の隣に腰掛けた。

ジョシュア「……オレ、言い過ぎたかな」

そう言って、少しばつが悪そうに長いまつ毛を伏せる。

○○「いえ。私がマナーを知らないのは事実ですし。 教えてくださって、ありがとうございます」

少し困ったように笑って、ジョシュアさんがポツリとつぶやく。

ジョシュア「……聞かせてよ、君が育った、マナーを習わない世界のこと」

○○「え?」

ジョシュア「どんな世界だったの?」

(もしかして、気を遣ってくれてるのかな?)

○○「……そうですね。紅茶は、あちらにもありました。 紅茶を出してくれるお店は、町中にありました」

ジョシュア「ふーん……それは感心だね」

○○「ティーバッグっていって、紅茶を簡単に楽しむためのものもありました」

ジョシュア「簡単に? それはまた情緒のないことだ」

○○「王様とかは少しはいるけど、遠い存在の人で。 私が育った国では、身分制度もありませんでした」

ジョシュア「へえ……」

○○「だから、私は本当にジョシュアさんの言う“街娘”として育ったんですよ」

ジョシュア「……そうか」

優しく微笑むジョシュアさんの横顔に、オレンジ色の夕陽が当たっている。

ジョシュア「……悪かった。 オレは、生まれた時から王族として育った。 小さい頃に、失礼をして隣国の王妃を怒らせてしまったことがあって……。 おかげで父は……謝罪のため、ずいぶんと多くの富を失った。 まあ、そんなこともあって、立場があるのにマナーがなってない人間を見ると……つい」

(そうだったんだ……)

ジョシュア「立場には、責任が伴う」

ジョシュアさんが、すっと立ち上がる。

夕日に照らされた彼の瞳が、情熱的な色を帯びているように見えた。

ジョシュア「この世界では、君は立場がある人だ。マナーは君を守ってくれる。 それに……君が誇り高く威厳を保てれば、人々に誇りを与えることができるんだ」

○○「私が、マナーを身につけることで……」

(そんな風に考えたことなかった)

ジョシュア「洗練され、威厳のある王族を上に持つことは、国民の誇りになる」

穏やかで決意に満ちた横顔はとても凛としていて……

私はジョシュアさんに見惚れてしまっていた。

手にした紅茶のカップがとても暖かかった…-。

 

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