桜花さんの髪に落ちた桜の花びらを取ろうとした時…―。
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桜花「……何でしょうか?」
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(あの時の表情は……)
桜花さんはすでに明るい表情を取り戻していて、私に微笑みかけてくれる。
桜花「申し訳ありませんが、城へ向かう前に会わなければならない者がいます」
○○「会わなければならない人……?」
桜花「ええ、呪術師の紫珠(しじゅ)殿です」
○○「呪術師?」
桜花「四季の国……特に私の一族が治める地域は、古くから呪術師の力を借りて全てのことを行っていました。 政、病気の治癒、時に神霊の力を利用して天地の現象を操り…。 まさに、呪術師によって国の平和が守られていると言っても、過言ではないのです」
(すごい……)
○○「そのような方にご紹介いただけて光栄です」
桜花「ええ……」
すると、桜花さんの表情に、突然かげりが見える。
(桜花さん……?)
桜花「……紫珠殿と会う前に、一つだけ注意していただきたいことがあります」
秘め事のように、桜花さんは声をひそめる。
桜花「紫珠殿を決して怒らせないでください」
桜花さんの深刻そうな表情が、私の鼓動を速める。
○○「なぜですか?」
桜花「彼女は……とても、気高い人間なので……」
桜花さんは、言葉を選んでいるように言い淀んだ…―。
桜花「……あなたならば大丈夫かとは思いますが、念のため。申し訳ありません」
○○「いえ、わかりました」
(気難しい方なのかな……?少し、緊張する)
不安の気持ちを抱えつつ、森の奥へと歩み始めた桜花さんの背中を、私は追いかけた…―。
…
……
森の奥には、小さな神殿が建てられていた。
桜花「紫珠殿、いらっしゃいますでしょうか?」
その小屋に向かって、桜花さんが声をかける。
すると、奥から長身のすらりとした女性が現れた。
(なんて美しい人……)
紫の着物をまとい、黒い髪を一つに束ねて肩から垂らしている。
着物の色と同じ紫の瞳は、見る者を惹きつける妖艶さをたたえていた。
桜花「こちらは、私を助けてくださった○○さんです」
○○「は、はじめまして」
私は頭を深く下げて、挨拶をした。
紫珠「そんなに堅苦しくなさる必要はありませんよ。顔を上げてください」
紫珠さんは、柔らかい笑みを私に向けてくる。
紫珠「可愛いお嬢さんですね。どうぞ、楽しんでいってください」
○○「あ、ありがとうございます」
(気難しい方なのかなって思ったけど……)
紫珠「……」
紫珠さんが、桜花さんをじっと見つめている。
紫珠「ふふふ、桜花殿。くれぐれも過ちのないよう……お命は大事になさいませ」
(命……どういうこと?)
桜花「……」
桜花さんは返事の代わりに、笑顔で返す。
けれどその笑顔は、無理に作ったもののように思えた…―。
…
……
紫珠さんの住処を離れ、私達は城へと向かった。
○○「紫珠さんがお優しい方で安心しました」
桜花「……はい」
私がそう言うと、桜花さんは長いまつ毛を伏せて黙り込んでしまう。
(桜花さん?どうしたんだろう……)
○○「桜花さん……どうしたんですか?」
ためらいながらも、そう尋ねると……
桜花「ああ、すみません。少し考え事をしてしまいました」
桜花さんはハッとした表情を見せた後、ぎこちなく微笑んだ。
○○「い、いえ……」
(……聞いてみようかな)
○○「あの、桜花さん。紫珠さんと何かあったのですか?」
思いきってそう聞いてみると…―。
桜花「……何も?」
その声色には、何も聞くなというはっきりとした拒絶の意思が感じられた。
桜の花びらが静かに舞い落ちていく。辺りを沈黙が支配していた…―。