先ほどの通り雨で、無数の桜の花びらが散ってしまっていた。
○○「綺麗だったのに……たくさん散ってしまいましたね」
桜花「大丈夫ですよ」
桜花さんはにっこりと微笑むと、花の落ちた枝の下へと歩き出す。
○○「桜花さん?」
もう一度私に向かい微笑むと、桜花さんは天上を仰ぐように、優雅に舞い始めた。
(綺麗……)
それはまるで、可憐な桜の花びらが舞う景色そのもので……私はその美しくも不思議な光景に、目を奪われた。すると…―。
○○「え……っ」
彼の動きに合わせるように、ぽん、ぽんと、次々に桜の蕾が膨らんでいって……あっという間に花がほころび始めた。
○○「わ……」
桜花「私の一族が持つ、ささやかな特技です」
○○「綺麗……」
再び枝いっぱいに咲いた桜の花びらを眺め、思わずため息がこぼれる。
桜花「そんなに感動していただけましたか?」
○○「はい……桜花さんの舞が、美しくて」
そう言うと、桜花さんが少し驚いたような顔をして…―。
桜花「いいえ、大したことはありません」
こころなしか、彼の頬は少しピンク色に染まっているように思えた。
桜花「他に、何かお望みはありませんか?」
○○「いえ、そんなにお気を使わないでください」
桜花「気など使っておりません。私はただ、あなたに喜んでいただけて嬉しいのです」
(桜花さん……すごく謙虚な方)
とても気品に溢れているのに、その柔らかい雰囲気が心を穏やかにさせてくれる。
○○「桜花さんは不思議な方ですね」
桜花「不思議?」
○○「はい。とても謙虚で、優しくて……王子様らしくないというか」
桜花「そうなんです。私は、あまり威厳がないですから」
桜花さんが、困ったように眉尻を下げながら笑う。
○○「ち、違います!そういう意味ではなくて……」
慌てて否定すると、私の様子がおかしかったのか、桜花さんはくすくすと笑みをこぼした。
桜花「そういうあなたも、他国の姫達とはどこか違う雰囲気を感じます」
○○「私は、優雅な振る舞いには自信がないので」
桜花「そうやってご自分を謙遜されるところがですよ」
○○「え……っ」
桜花さんが、着物の袖を口に当て、にっこりと微笑んだ。
桜花「王族として、堂々とした振る舞いをといつも心がけているのですが、どうも苦手でして」
○○「……わかります」
桜花「私達は、どうやら似ているようですね」
○○「そ、そうでしょうか?桜花さんと私が似てるなんて……桜花さんはすごく気品に溢れています」
桜花「それを言うなら……」
不意に、桜花さんのしなやかな手が私の頬に触れる。
○○「え……?」
慈しむように頬を撫でられて、胸が小さく音を立てる。
(桜花さん……?)
桜花「可愛らしい顔……表情豊かで、生命力に溢れていて。 私にはないものを、あなたは持っているようです」
桜花さんによって満開となった桜の木の下、視線が絡み合う。
彼の美しい瞳に見つめられ、呼吸すら忘れそうになってしまう。
桜花「……失礼いたしました」
やがて桜花さんはゆっくりと私の頬から手を離し、そのまま私に背を向けた。その時…―。
一枚の花びらがひらりと桜花さんの髪に舞い落ちる。
(あっ……)
そっと手を伸ばし、その花びらを取ろうとした時…―。
桜花「……!」
桜花さんの体が急にこわばり、私の手をさっと払いのけた。
(え……っ)
先ほどまでの雰囲気とは違い、桜花さんの表情はとても厳しく……
桜花「……何でしょうか?」
○○「あ、あの……桜の花びらが、桜花さんの髪に」
桜花「取ってくださろうとしたのですね……ありがとうございます」
桜花さんはすぐに優しい笑顔へと戻った。
一瞬見せた桜花さんのその暗い表情を、私はどうしても忘れることができなかった…―。