第5話 大切なあなた

桜花さんの体を支えながら、私は何度も彼の名前を呼ぶ。

○○「桜花さん、大丈夫ですか!桜花さん!」

桜花さんは顔を歪め、荒い息を繰り返している。

従者「これは……いけない!おい!」

和やかだった雰囲気が一転し、場が騒然となる。

従者「桜花様!……早く部屋にお運びしろ!」

従者の方が、血相を変えて女中に指示を出す。

女中「かしこまりました!」

○○「私も……!」

けれど、従者の方は恐縮した様子で……

従者「いえ、大丈夫です。○○様のお手を煩わせる訳にはいきません」

○○「でも……っ」

なおも食い下がろうとしたけれど……

従者「すみません、失礼いたします……おい、早くしろ!」

運ばれていく桜花さんを、私はただ見守ることしかできなかった。

……

それからしばらく…―。

(……桜花さん、大丈夫かな?)

桜花さんが倒れて城中が大騒ぎになり、ずっと桜花さんの部屋にも近づけない状態が続いていた。

(様子を見に行ってみよう)

私は桜花さんの部屋に向かった。

(来てしまったけれど……)

桜花さんが一体どんな状態なのかわからず、声をかけていいものかどうかを迷ってしまう。

すると…―。

桜花「もしかして…そこにいらっしゃるのは、○○さんですか?」

部屋の中から、桜花さんの弱々しい声が聞こえてくる。

○○「はい……」

桜花「お待ちください、今……」

桜花さんが布団から起き上がったのか、微かな物音が聞こえ、慌てて声をかける。

○○「桜花さん、どうかそのままで。私が参りま…―」

慌てて部屋の襖をあけようとした、その時…―。

従者「なりません、○○様」

背後から、鋭い声で制止されてしまう。

はっとして振り返ると、従者の方が難しい表情でそこに立っていた。

○○「すみません、私…―」

頭を下げると、彼はゆっくりと顔を横に振った。

従者「○○様は、何も悪くないのです」

桜花「……顔を見ることすら、許されないのか?」

襖越しに聞こえる桜花さんの沈んだ声に、なぜだかとても胸が締め付けられる。

背後では、女中さん達が何人も出入りして、食事と着替えの準備をしている。

(……私だけ、桜花さんに会っては駄目、ということ?)

混乱している頭で、どうにかそれだけ理解する。

これ以上ここにいても、桜花さんの体調が悪くなってしまうかもしれない。

○○「あの、私失礼します。勝手に出歩いてしまってごめんなさい」

なんとか声を絞り出し、立ち去ろうとして背を向けたその時…―。

若い女中さんが一人、ふらふらとおぼつかない足取りで膳を運んできた。

女中「あっ……!」

廊下の段差に足を取られたのか、大きくバランスを崩してしまった。

○○「危ない…っ!」

とっさに手を伸ばし、着物の裾を掴み、何とか女中さんは助けたものの……

○○「!!」

食器が大きな音を立てて割れて、激しく散らばってしまう。

○○「だ、大丈夫ですか?」

女中「申し訳ございません!ああっ!○○様、御足が……!」

(足……?)

言われて初めて、じんと熱を持つような痛みを感じる。

飛び散った破片で、ふくらはぎが薄く切れてしまったようだ。

桜花「今の物音はなんですか?」

部屋から桜花さんの心配そうな顔が覗く。

○○「桜花さん……だ、大丈夫です。何でもありません」

心配をかけまいと笑って誤魔化そうとしたけれど……

桜花「……!」

桜花さんはすぐに私の足の怪我に気がついて、表情を険しくさせた。

○○「平気です!お騒がせして……」

桜花「私が平気ではいられません!大切なあなたが怪我をしているというのに……」

桜花さんの言葉に、胸がトクンと音を立てる。

(今、なんて……)

女中さんが急いで持ってきた薬と包帯を受け取り、桜花さんが手当てをしてくれた。

女中「桜花様!手当てなら私がいたしますので…―」

桜花「いい、私にやらせてくれ。 招いておいて……あなたには申し訳ないことばかりです」

桜花さんの綺麗な手が、私の足に触れる。

(温かい手……)

会えないはずだった桜花さんが、こんなに近くにいる。

熱と、言葉と、真剣な眼差しに……

私は身動きが取れなくなってしまった…―。

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