第6話 アポロの兄

それはアポロが遠征へ出てからすぐのこと…

怒号のような叫び声や、地響きのようや足音に、私は慌てて、城の部屋から飛び出した。

(何が起こってるの…!?)

廊下に出てみれば、城の人々が逃げ惑うようにして駆けている。

○○「あのっ!何があったんですか?」

侍女を一人捕まえて聞くと、震える声で答えてくれる。

侍女「あ、あの、アポロ様の兄上、ダイア様の兵が…この城の侵略を…」

○○「っ…!?」

驚愕の事実に、息が詰まった。

(アポロは今、いない…どうすれば…!)

(そうだ、お兄様と直接話をすることができれば……)

そう思い、私は廊下を駆け出した。

するとその時…

??「もしやそなたが、トロイメアの姫君かね」

目の前から兵士を引き連れやってきた男性が、大仰に手を広げて言う。

○○「…あなたは?」

ダイア「フレアルージュ第一王子ダイア、アポロの兄だよ。姫君、噂に違わぬかわいらしい方だ。 あのような力馬鹿にはもったいない。どうだい、私の姫にならないかい」

アポロと同じ色の髪、同じ色の瞳ははずなのに…

その立ち振る舞いは、威厳に溢れたアポロとは正反対に、ひどく惰弱に感じられた。

○○「…嫌です」

(アポロの留守を狙うなんて…)

手のひらをぎゅっと握りしめ、拒絶の意志を示すように彼を見据えると…

ダイア「その瞳…あいつそっくりだな。忌々しい」

彼の顔から、薄い笑みがふっと消えた。

ダイア「お前がどう言おうと関係ない。さあ、一緒に来い」

○○「っ…!」

一歩踏み出すと、彼はきつく私の腕を掴んだ。

その時…ー。

アポロ「やはり、阿呆だな」

よく通る低音が、廊下に響き渡った。

ダイア「何…?」

アポロ「俺の不在に、城と妃を奪って征服しようとでも思ったのか?浅はかだ。 それに、それはお前には過ぎた女だ」

炎を発するかのような怒りを宿したアポロが、ゆっくりとこちらに歩み寄る。

そして、以前見た時よりもずっと激しく、気高く…彼の腕から紅蓮の炎が噴き上げた。

ダイア「馬鹿な…なぜここにいる!?」

お兄様が、私の腕を掴んでいた手を震わせて、一歩後ずさる。

アポロ「わめくな、耳障りだ…!」

ダイア「…!!」

荒れ狂う炎がとぐろを巻き、お兄様を焼こうとする。

しかし…威嚇だったのか、炎は床だけを焼き、お兄様は腰を抜かした。

私の腕を掴む力が緩められた、その時…ー。

アポロ「○○」

アポロの口から初めて私の名前が呼ばれ、彼の手が差し出される。

○○「…!」

お兄様の手を振り払い、夢中でアポロの方へと駆け寄ると、逞しい片腕に抱き寄せられ、しっかりと抱きとめられた。

○○「…っ」

思わず彼の胸に顔を埋めると、さらに強く抱きしめられる。

アポロ「動くと思っていた。愚かな兄よ」

ダイア「な、なぜここにいる…!」

アポロ「あの程度の領土を抑えることなど、半日もあれば充分だ。 俺の力をなめているようだな、父も貴様も」

ダイア「く…っ、ま、まあ、いい今回は撤退だ…!今回だけはな!」

惨めな捨て台詞を吐き、お兄様は這うようにして逃げ去っていく。

ゆっくりと…まるで心が穏やかに静まっていくかのように、アポロの炎が消えていった。

アポロ「…怪我は」

○○「私は大丈夫です。でも、アポロが……」

力を使ったせいか、彼の顔は憔悴しているように見えた。

アポロ「俺が、どうした。騒ぎを鎮め、妃を守っただけだ」

○○「き、妃では…っ」

アポロ「妃だ、俺が決めたのだから絶対だ」

さも当然というように、アポロがきっぱりと言い放つ。

アポロ「貴様は妃として、俺の傍にいろ。そしてただ、守られていれば良い」

○○「またそんな…好きでもないのに…っ」

アポロ「多少は、会いたいと思った」

○○「え…」

アポロが、これまで見たことのない優しい笑みを浮かべている。

アポロ「そう、その呆けた顔が早く見たいと思ったのだ」

○○「もう…!!」

(からかわれてばかり…)

そう思うのに、アポロの微笑みになぜだか胸がいっぱいになって、私は何も言えなくなってしまった。

アポロ「部屋へ戻る。多少、疲れた…」

○○「っ…ア、アポロ…!」

(力を使ったから…大丈夫なの?)

不安になり見つめると、咎められるような視線が向けられる。

アポロ「案じるなと言っているだろう」

けれど苦痛に歪む蒼白な顔に、私の胸は痛んだのだった…ー。

 

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